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積読本は積読け!!

300冊の積読本もなんのその、本や映画の感想などをつらつらと述べてみたり。

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チャールズ・ソウル『スター・ウォーズ ハイ・リパブリック ジェダイの光(上)(下)』




★★★★☆
スカイウォーカー・サーガから遡ること200年。ジェダイ騎士たちの守護のもと、繁栄を謳歌していた共和国は、新たな宇宙ステーションをアウター・リムに送ろうとしていた。だが、ある脅威がこの繁栄に暗い影を落とす。ハイパースペースで起きたレガシー・ラン号の謎の事故。アウター・リムに未曽有の危機が訪れ、アヴァー・クリスらジェダイ騎士団が力を集結する。だが、邪悪な存在によって更なる緊急事態が引き起こされ――。


「スター・ウォーズ ハイ・リパブリック」第1作。
 「SW」カノン久々の邦訳小説は、米国で今年初めにスタートしたばかりの新シリーズ「ハイ・リパブリック」です。これまで日本で刊行された「SW」小説のうち、『EP1』以前を描いた作品は『ダース・モール 闇の狩人』『偽りの仮面』『ダース・プレイガス』のたった3作のみ、それも映画から十数年以上前の話となるそれこそ数十年前が舞台の『ダース・プレイガス』くらいなものなので、本「ハイ・リパブリック」もおよそ無理だろうと半ば諦めていましたが、講談社がやってくれました。基本的にナンバリング周りの商品展開が中心の本邦に於いては快挙という外ありません。ありがとう、講談社。ありがとう、海外キャラクター編集チーム。

 今回焦点となるのはリナ・ソー議長によるアウター・リム発展計画"大偉業"と、それを妨げるようにハイパー・スペースから数多の破片が降り注ぐ"出現"と呼ばれる大災厄。映画本編以前のまだまだ発展途上にある時代、組織化された無法集団ナイヒルと未知なるハイパー・スペース航行を巡る一大ディザスター小説は既存の「SW」作品と比べても抜群のスケール感を誇り、映画以上に映画的な新たな地平の到来を予感させます。こういう"SWらしからぬSW"を待っていた!
 フォースを歌と捉えるアヴァー・クリスやジェダイ・マスターの理想が服を着て歩いているかのようなローデン・グレイトストーム、出自から目的まですべてが謎に包まれたナイヒルの首領マーシオン・ローなど、初登場となるキャラクターたちも魅力的で、ナンバリングとは全く異なるシリーズの立ち上げにもわくわくさせられます。今回はちょい役ではありますが、ヨーダをはじめ『EP1』の評議会メンバーで寿命の長い方々がちらほら顔見世しているのも楽しいポイントで、個人的にはアヴァー・クリスのフォース=歌の考え方が後に『ビジョンズ』のジェイに繋がっていくのかな、などと思ってみたり。

 かつての「クローン大戦ノベル」「NJO」が同時多発テロやイラク戦争の影響を大いに受けていると語られたように、本作もまた共和国の名の下にひとつであることを掲げる多様性、ハイパースペースレーン封鎖による分断、或いは(執筆時期的に)偶然の産物かコロナ禍の世界情勢を強く感じさせる部分がありました。
 人の力ではどうにもならない惑星規模の災厄に見舞われる中、P.56で救援の一声を告げるアヴァー・クリスの何と頼もしいこと。 地獄に仏。最後の希望。共和国の守護者。『EP4』初見時、銀河を支配する強大な帝国相手にオビ=ワンひとりで何かできると思っているの?とついマジレスしてしまった人もきっといることでしょう。否、できるのです。ジェダイにはそれだけの期待に応えてくれる信頼が、予想を遥かに上回る力があり、これらの経験と史実を経れば、レイアからの「助けて、オビ=ワン・ケノービ」にさらなる重みが生まれること請け合いです。
 ここで提示される"希望"の概念も『ローグ・ワン』で確立されたそれに沿っていて、ジェダイの存在をより尊いものに見せると同時に、ディズニー後の「SW」像――カノンの在り方を強く印象付けます。

 最悪の惨事を回避すべくヘツァルに結集したジェダイたちの姿を、通信を通じて銀河中が固唾を呑んで見守る件はトレボロウ案のクライマックスを彷彿とさせ、加えてレイの「共にあれ」を想起させるアヴァー・クリスの"歌"によって真に完成された『スカイウォーカーの夜明け』になっているといっても過言ではないでしょう。
 また、多くのジェダイたちをフォースで繋ぎ、強大な力を引き出すアヴァー・クリスの技は長年のスピンオフ読者にとっては「NJO」でジェイナ・ソロらが使用したフォースメルドに似ていることへの懐かしさもあり、一大スケールで強敵との戦いが描かれた両シリーズの共通項に嬉しくなります。
 そう考えるとそもそもヘツァルの"出現"も『新たなる脅威』におけるサーンピダルっぽく、この辺りも執拗に出自をぼかしながらも狩人であることを強調するマーシオン・ロー=ユージャン・ヴォングの匂わせなんじゃないかなぁと疑わしく。今後の「ハイ・リパブリック」がどう展開していくのかはわかり兼ねますが、仮にコミック『The Edge of Balance』等で猛威を振るう「ハイ・リパブリック」のもうひとつの敵役・食人植物ドレンギアもマーシオンの仕込みならば、シェイパーの技術によって生み出されたのかとか、もっと飛躍するなら『EP9』や『The Rise of Kylo Ren』とのそこはかとない関連性が示唆されているシリーズだけにシェイパーの技術が皇帝のストランドキャスト製造に寄与しているのでは、なんて妄想が捗るのもリアルタイムでシリーズを追える醍醐味です。
 その他にもハイパー・スペース・レーンの開拓で財を成したサン=テッカ一族の秘密(そう、あの"サン=テッカ"です)、"オルデランに裕福な親類"を持つブライス一家、来年6月に発売される予定の続三部作種明かし小説『Shadow of the Sith』とタイトルが対になっているのは?――と、「ハイ・リパブリック」のみには到底収まらないカノン史の根幹へちらほらと踏み込んでくる様は、今後に向けて気になることばかりで目が離せません。

 ところで。本作は共和国とジェダイの黄金期がコンセプトなだけに、「我々は皆、共和国だ」のスローガンと共に、たとえどんなに不利で可能性が低くとも弱き者を見捨てない気高さと献身が、ジェダイのみならず多くの人々の原動力になっています。様々な種族、多くの惑星がひとつの国を形成し、皆が同じ未来を見据える。これは正しく理想の世界である一方、クロナラ提督がナイヒルの特攻に嫌悪感を抱いたように(実際はマーシオンの仕組んだ罠であったが)一歩間違えれば狂信的な盲従であるともいえます。この点、ラストで「我々は皆、ナイヒルだ」と述べるナイヒルと共和国はその実、本質としては表裏一体の関係にあることを示しているハズです。
 公明正大なお題目を掲げ、私欲を捨てて"大偉業"の実現に邁進するリナ・ソーの立派な姿にはしかし、ナイヒルがすべて滅んだとは言い切れないのでは?という警告から目を逸らし、見たいものだけを見る都合の良い"現実"に耽溺する狡さがある。
 マーシオン・ローは部下の死を利用し、切り取られた情報によって歪んだ"真実"を作り出す。前者は崇高な使命の下無自覚に、後者は意識的に大衆を扇動し、己が信ずる集団に属する喜びに浸る危うさが覗くのは、フェイクニュースや陰謀論が蔓延る昨今の世の中への痛烈な問題提起であるのかもしれません
 他者の言動に染まらず、評議会から求められるジェダイの在り様から外れてもただひたすらに自らのフォースを求道する"変わり者"のエルザー・マンが、そんな作品のメインキャラクターのひとりに据えられているのも興味深いところです。

 やがてナンバリング映画の頃には共和国は凋落し、「我々は皆、共和国だ」と口にする者はいなくなる。代わりに、フォースの感応非感応に関わらず多くの銀河市民の間に「フォースと共にあらんことを」が浸透しているわけだけれど、果たしてそこに理由はあるのか、ないのか――。
 第2作や「ハイ・リパブリック」のヤングアダルト小説の邦訳にも是非とも期待したく、ヤレアル・プーフの如く首を長くして続報を待ちませう。ちなみにオビのQRコードからは今後の「SW」書籍に関するアンケに回答できるので、続刊を希望する方は漏れなく回答しましょう。


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ポール・デイヴィッズ&ホレス・デイヴィッズ『スター・ウォーズ ジェダイの遺産』

ジェダイの遺産 (スター・ウォーズ)
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★★★☆☆
ルークよ、ジェダイの失われた都を探せ! 夢に導かれ、幻の都を探すルーク。そこには“ジェダイの王子”が住んでいた。しかし、王子は狙われていた。トライオクユーラスが邪悪な帝国軍を率いて都に迫っていたのだ!


「ジェダイの王子」第2作。
 モン・カラマリでの死闘そしてベスピンでの任務を経て、今回舞台となるのはお馴染みヤヴィン4。かつて反乱軍が拠点を構え、マサッシの古代遺跡が残るこの衛星の地下には驚くべき秘密が隠されていました。
 シリーズ第2巻となる本作では引き続きトライオキュラスによる帝国の復権と並行する形で、いよいよ本題ともいえる“ジェダイの王子”ケンがお目見えします。ヤヴィン4の地下に密かに広がる完全に機械化されたディストピア的未来都市で、ドロイドたちにお世話をされて育ったただひとりの人間の子供――と書くだけでも既にトライオキュラスも真っ青なレベルで「スター・ウォーズ」の世界観から乖離したトンデモ設定です。
 さらにはこのケン、家庭教師ドロイドのHCによってルークやハンたち反乱同盟軍の活躍を勉強させられており、ミレニアム・ファルコンやフォースについての小論文を宿題とし、ヴェイダー卿やTIEファイターのフィギュアに囲まれながら暮らしているというぶっ飛び具合(挿絵はノンカノンの法則があるとはいえ)はもはやごく初期の段階に上梓されたスピンオフであることを抜きにしてもSカノン扱いなのは大いに頷けるところでしょう。むしろこれでよくSカノンのレベルに留められたな、とさえ思います。

 一方で、ルークやハンの活躍に憧れ、いつか宇宙で素敵な冒険をすることを夢見るケンはまさしく映画である「スター・ウォーズ」を観てその物語に胸を焦がした子供たちそのものでもあるのです。いつかはジェダイになることを夢見る特別な少年=未来のジェダイとは、まさしくいまこの本を読んでいる少年少女であり、きみたちこそが無限の可能性を秘めた“ジェダイの王子”であるというアプローチは児童文学としてとてもよく出来ていると同時に、『EP8』の主題と非常に似通っていることに気付かされます。「スター・ウォーズ」は常に人々と――子供たちと共にあり、その導となってくれる存在である。
 「SW」という文化それ自体を作品内に投影し、強いメッセージ性を打ち出した本作はレジェンズとしては確かに異色です。しかしながらその実大変カノン的であり、続三部作のテーマ性がこの頃から確固たるものとして既に醸成されつつあったことが窺え、2019年の現在だからこそ単なるネタ扱いではなく、改めて読み解く価値のある1作だといえるでしょう。
 また今作では森林破壊による手痛いしっぺ返しが終盤に重要な要素として盛り込まれているのもポイントで、捕鯨に対する問題提起を取り扱った前作に続き、環境問題への強い意識が窺えます。


*CommentList

ポール・デイヴィッズ&ホレス・デイヴィッズ『スター・ウォーズ 帝国の復活』

スター・ウォーズ (1) 帝国の復活
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偕成社
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★★★☆☆
ダース・ヴェイダーの手袋を持つ者が帝国を受け継ぐ! 皇帝の座を狙う怪人、トライオクユーラス。彼は、暗黒の予言に導かれ、暗黒卿の手袋を求めて、水の惑星カラマリへと向かった。ルークたちは、帝国の復活を阻止できるか?


「ジェダイの王子」第1作。
 『EP6』から1年後、パルパティーン亡き後に混乱極まる帝国に皇帝の息子を名乗る男・トライオキュラス(作中ではトライオクユーラスと表記されています)が現れ、再び銀河の覇権を手中に収めんと台頭するジュニア小説です。スピンオフの設定が固まる以前の最初期にリリースされたレジェンズ小説でもある本シリーズは、そのあまりにぶっ飛んだストーリーから後年にはSカノンに位置づけられています。
 中古市場では電撃文庫の「Xウイング・ノベルズ」、サンリオの『侵略の惑星』に次いでプレミア価格が付いている一方、学校や図書館における所蔵率は比較的高く、新三部作世代には意外と目にする機会の多かった馴染みのある作品かもしれません。

 この“Sカノン”とは現在のスピンオフ区分である正史(カノン)の意味とは異なり、レジェンズ作品内における設定の序列を表す言葉で、新旧三部作の映画を指すGカノン(ジョージ・ルーカス・カノン)、テレビシリーズであるTカノン(テレビジョン・カノン)、その他の小説、コミック、ゲームから成るCカノン(コンティニュティ・カノン)、一部設定のみ取り入れられるSカノン(セカンダリー・カノン)、そして非正史扱いのNカノン(ノンカノン)に階層分けされており、各作品の間に矛盾が生じた場合はより序列の高い媒体の設定が優先される、というものです。
 本シリーズではパルパティーンの息子、続刊に登場するジェダイの王子ケンといった後年構築されていく世界観からはあまりに浮いた諸々が「さすがにこれは……」とアウト判定を食らい、いわゆる黒歴史扱いされています。
 とはいえSカノンの名前の通り別の作品に吸収された設定や、お遊びなのか本気なのか本作の出来事を匂わせるようなセリフも登場するため、私としては「積極的に言及はされないが確かにあったお話」くらいの認識で捉えています。『TCW』の存在が既存のクローン大戦関連作をあやふやにしてしまったように、「SW」ファンは設定の齟齬に多かれ少なかれ自分で折り合いをつけていかなければなりませんからね。「Medstar」二部作が『TCW』にてバリスが離反した原因、という俺設定だって構わないのです。

 今作で最もエポックメイキングな要素はやはり“皇帝の息子”トライオキュラスの存在です。ケッセルの奴隷王にして異形の三つ目を持つ彼との、帝国復活を賭けたヴェイダーの手袋争奪戦がメインストーリーとなります。パルパティーンに付き従った暗黒面の予言者が皇帝の後継者がその手に嵌めていると語るダース・ヴェイダーの手袋は権力の象徴であり、真実かどうかわからない血筋以上に説得力を持つとの論法ながら、強大な力で銀河を支配した皇帝の配下に過ぎないヴェイダー卿のちっぽけな装身具に、その後継者となるハズの偉大な人物が踊らされる逆転した図式はなかなかに皮肉が効いています。
 舞台をケッセルからモン・カラマリへと移し、挿絵の印象も相俟って三下っぷりが炸裂するトライオキュラスとルーク&アクバー提督のタッグにより繰り広げられる争奪戦は大人の目線からするとややしょぼく、良くも悪くもジュニア向けらしい冒険譚といえばそうなのですが、いざすべてが明らかになってみるとそれらに妙に納得できてしまうのがミソでしょう。案外これが「ハンド・オブ・スローン」の元ネタなんじゃないでしょうか。
 後半、モン・カラマリがフィーチャーされることもあり、「SW」小説には珍しい海洋アドベンチャーに仕上がっているのも本書の特徴で、それに伴いモン・カラマリの海に古くから共存し極めて高い知能を誇る巨大海洋生物ホエーラドンの密漁=捕鯨問題もテーマになっているのも異色です。単に「SW」のいち物語で終わらせるのではなく、現実を投影した問題提起とメッセージ性が込められ、児童書としての志の高さも感じられました。


周木律『鏡面堂の殺人 ~Theory of Relativity~』

鏡面堂の殺人 ~Theory of Relativity~ (講談社文庫)
周木 律
講談社 (2018-12-14)
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★★★☆☆
異形の建築家が手掛けた初めての館、鏡面堂。すべての館の原型たる建物を訪れた百合子に、ある手記が手渡される。そこには、かつてここで起きたふたつの惨劇が記されていた。無明の闇に閉ざされた密室と消えた凶器。館に張り巡らされた罠とWHO、WHY、HOWの謎。原点の殺人は最後の事件へ繋がっていく!


「堂」シリーズ 第6作。
 半球状のドームに覆われた鏡面堂で26年前に起きたふたつの殺人事件の謎を、残された手記から読み解く館ミステリ。
 周木律のデビュー作となった「堂」シリーズ、およそ3年ぶりの新作です。この3年で講談社ノベルスを取り巻く状況も大きく変わり、『メフィスト』の紙媒体廃止ならびに完全電子化への移行、刊行点数の減少、講談社タイガ創刊による既存シリーズのレーベル移籍が相次ぐ中、本シリーズも形を変えて文庫書き下ろしでのリリースとなりました。出版苦境の流れには抗えないとはいえ、1作目からノベルスで集めてきた身には胸中なかなか複雑です。
 『教会堂の殺人』の結末を受け、傷心の百合子が呼び出された沼四郎最初の館。いまや朽ち果てたこの鏡面堂に集められた者たちのうちの2名が、ひと晩の間に別々の部屋にて密室状況で殺されたかつての惨劇が今作の主題です。

 鏡面堂と述べるといわゆるミラーハウス的なものを想像しがちですが、実際には正方形の部屋が∞字状に連なる上に内と外に鏡面材を用いた半楕球のドームを無理やり被せたような代物で、鏡を市松模様にあしらった床に対し天井を吹き抜け状態という、およそきちんとした建築物とは言い難い不完全さが未だ“本編”前夜であることを強調するかのようです。
 お馴染みの数学要素としては語り部が専門とするリーマン予想が取り上げられているものの、どちらかといえば鏡面堂のデザインにも取り込まれている半楕や円こそが核を担うテーマといえるでしょう。これらの要素が後の『眼球堂』『伽藍堂』へと繋がり、また『五覚堂』を思わせる作品構成を採っているなど意図的に既刊を踏襲している点でもシリーズの原点にしてここまでの集大成ととれるかもしれません。

 その一方で計画遂行に際しあまりに常識を逸した大仰すぎる下準備やその割に甘い見通し、楽観主義ともいえる考えなしなちぐはぐさ、犯人の動機に対する説得力の欠如も際立っており、細部のツメをほっ放って謎解きのための謎解きにしかなっていないのも当シリーズの悪い部分が集約されていました。
 しかしながら第1作から今作に至るまでに積み重ねられた“The Book”にまつわるやりとりや善知鳥神のネーミングに対しての気恥ずかしさ、荒唐無稽実現不可能上等な館トリック、さんざ語られてきた藤衛のキャラクター性がそれら強引な面をギリギリ許容できる閾値内へと収めているのも事実で、「堂」シリーズならこのくらいやるでしょ、という暗黙の了解の下にアリにしています。前作あたりから完全に続きものと化しているのでここから入る人間も殆どいないと前提を置いた上で、ファンでなければ壁本、シリーズに付き合ってきた読者なら存分に「らしさ」を味わえるクライマックス直前作です。


早坂吝『探偵AIのリアル・ディープラーニング』

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★★★★☆
人工知能の研究者だった父が、密室で謎の死を遂げた。「探偵」と「犯人」、双子のAIを遺して――。高校生の息子・輔は、探偵のAI・相以とともに父を殺した真犯人を追う過程で、犯人のAI・以相を奪い悪用するテロリスト集団「オクタコア」の陰謀を知る。次々と襲いかかる難事件、母の死の真相、そして以相の真の目的とは!?


 人工知能の〈探偵〉相以とその開発者の息子である輔のバディが、その対極たる双子の〈犯人〉以相を信奉しプログラムが人類を統べる世界の実現を目的としたハッカー集団、オクタコアと対決する連作ミステリ。
 古今東西様々な名探偵が登場してきたミステリの世界において実体を持たないAI探偵というキャラクターは既に新しいとはいえない存在ながら、多くの場合人間以上に完璧なモノとして描かれることのそれらと異なり、学習し成長していくプログラムだからこその不完全性に着目し、本格ミステリへと昇華しているのが本作最大の旨味であり、独自性です。
 
 本書における事件の殆どは犯罪組織オクタコア擁する〈犯人〉のAI、以相が立案していることによっておよそ人間の思考から逸脱したへんてこな謎と解答を論理性を保ったままに実現させています。顕著なのは「手近な石で殴れば済むのに、なぜ犯人はわざわざゾンキー(縞模様にペイントされたロバ)を崖上から被害者の頭上に落下させたのか」を問う第2話で、通常ミステリにおいて本来合理的であるハズの犯人の行動が演出のために不自然に捻じ曲げられようものなら、ご都合主義や瑕疵と批難されることは避けられません。何故ならば本格ミステリは「××だから〇〇になる」という論理性にこそ重きを置き、その必然性を伴ったロジックで魅せるジャンルだからです。
 しかしながら本作では、「人間の発想ではないから」という視点を導入することで、人間の思考としては非合理だがプログラム上は合理的――すなわち非論理的でも論理的というウルトラCを成し遂げているのです。
 これにより意外な真相、予想外な解答以上に、読者の関心を惹くような奇妙奇天烈でケレンのある謎の創出でホワイダニットの可能性を大きく拡げたといえるでしょう。

 そうした問題意識の高さは随所に感じられ、各章でテーマとなるフレーム問題、シンボルクラウディング、不気味の部屋、中国語の部屋といった情報処理にまつわる課題の数々と後期クイーン問題等を絡め、その共通項を語る本格ミステリ論の側面も持ち合わせています。
 またライトミステリレーベルらしく古典や有名ミステリへの言及のみならず読者層を意識して若年向けのミステリ漫画ネタも多く盛り込んでいるのは、デビュー作からアニヲタ全開だった青崎有吾のまさしく得意なフィールドといったところ。ミステリとサブカル、作者の持ち味とレーベルの特色を活かし、いままであまり本格ミステリ小説を読んでこなかった人に対する絶好の入門書に仕上げられた2010年代のポスト「霧舎学園」といえるかもしれません。


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プロフィール

はろーすみす

Author:はろーすみす
シリーズものも平気で数年寝かせる積読家。本格ミステリとスター・ウォーズ小説を中心に読み漁り、新刊・話題作はあまり追っていません。

好きなミステリ作家は古野まほろ、はやみねかおる、西尾維新、霧舎巧。
ジャンル外では築山桂と小川一水。
講談社ノベルスをこよなく愛す特ヲタ。

当ブログはリンクフリーです。
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2014年に読んだ小説の       (暫定)ベスト5はこれ!!

2012年のベスト5

2012年に読んだ小説の        ベスト5はこれ!!

2011年のベスト5

2011年に読んだ小説の          ベスト5はこれ!!

1.トリプルプレイ助悪郎(2007年刊)   2.名探偵に薔薇を(1998年刊)             3.化物語(2006年刊)          4.時砂の王(2007年刊)                  5.天帝の愛でたまう孤島(2007年)

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