2011.10/17 [Mon]
彩坂美月『夏の王国で目覚めない』
![]() | 夏の王国で目覚めない (ハヤカワ・ミステリワールド) 彩坂 美月 くまおり純 早川書房 2011-08-10 売り上げランキング : 148993 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
★★★☆☆
もうこころは動かない。愛しすぎて、憎みすぎて、私は永遠の眠りについた。
問いかける。かわらないこころは存在しますか?
父が再婚し、新しい家族になじめない高校生の美咲。だから、幻想的なミステリ作家、三島加深のファンサイトで加深が好きな仲間を知ったことは大きな喜びだった。だが《ジョーカー》という人物から「架空遊戯」に誘われ、すべてが一変した。役を演じながらミステリツアーに参加し、劇中の謎を解けば、加深の未発表作がもらえる。集まったのは7人の参加者。しかし架空のはずの推理劇で次々と人が消え……。
ミステリとしての本書の肝は、なんといってもその多層構造です。傍目から見れば偶然居合わせて行動を共にする曰くありげな三島加深の関係者たち。しかしながら、それはあくまでもひとつの見え方に過ぎず、本当は謎の人物・ジョーカー主催の「架空遊戯」を演じるオフ会メンバーです。その推理劇にしても、最初に渡された脚本の他に各人、別途で“コマンド”が与えられている可能性があるため、どこからが本音でどこまでが演技なのかがまったく区別できません。おまけに解決編まで辿り着くと、さらにそこに別の“物語”が浮き上がってきます。
「架空遊戯」の謎もミステリーツアーとして語られる過去の事件の真相と犯人役を考えながら、ツアー参加者が消えたリアルの事件の方も推理しなくてはならない。ひとつの出来事に二重三重四重の意味合いが込められているため混乱必至。たった一本の筋道をよくここまで複雑な代物にできたものです。まるで登場人物たちとシンクロしているかのように読み手の頭の中をこんがらせて、翻弄させるつくりはお見事。
彩坂さんの作品を読むのは2作目なので大分作風も掴めてきました。迷いや戸惑いを抱いて日々を過ごしていた女の子が、ひと夏のちょっと不思議な体験を通して悩みごとにケリを付ける読後感爽やかな青春小説、というのが基本的なスタンスのようです。恐らくは『ダ・ヴィンチ』や『ブランチ』、本屋大賞受賞作あたりを好んで読むタイプの女性をターゲットに想定している作家さんだと思うのですが、それらの層があまり手に取らないであろう本格ミステリを核に据えているところが著者最大の特色ではないでしょうか。
本作の場合もネット上で知り合った仲間たちが謎の人物によって集められ、ミステリーツアーの真っ最中に密室から参加者が姿を消すといった謎があり、探偵による真相解明が行われる本格本格したストーリーなのに決して凝り固まったミステリを読んでいる感じはしない。これは大変重要なことです。ミステリ――特に本格ミステリ業界って、熱烈な支持者がいる一方でそれ以外の一般人はお呼びでない排他的な雰囲気を常に纏っているというか。吹雪の山荘? ホワイダニット? 二十則? 何なのそれは、と専門用語頻出で少なからず新たに手を出すには敷居が高いジャンルに見られているきらいがあります。
だから昨今は衰退著しかったりするわけで。そうなるとやはり新規読者がミステリに触れるキッカケがどうしても必要になってくる。西尾維新がライトノベル読者層とミステリの橋渡し役を担っているのと同様に、彩坂さんも他ジャンルから読者を引っ張ってくる役割を果たす、ニッチなポジションにある作家さんなんじゃないかと個人的には感じていたりします。
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