2011.09/08 [Thu]
西尾維新『少女不十分』
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★★★★★
道を外れた奴らでも、間違ってしまい、社会から脱落してしまった奴らでも、ちゃんと、
いや、ちゃんとではないかもしれないけれど、そこそこ楽しく、面白おかしく生きていくことはできる。
悪いがこの本に粗筋なんてない。これは小説ではないからだ。だから起承転結やサプライズ、気の利いたオチを求められても、きっとその期待には応えられない。これは昔の話であり、過去の話であり、終わった話だ。記憶もあやふやな10年前の話であり、どんな未来にも繋がっていない。いずれにしても娯楽としてはお勧めできないわけだが、ただしそれでも、ひとつだけ言えることがある。僕はこの本を書くのに、10年かかった。――「少女」と「僕」の不十分な無関係。
あらすじを読んだだけではなんのこっちゃといった感じですが、小学四年生の「少女」に語り部である「僕」が誘拐・監禁される物語です。ただし注意しておきたいのは、だからといって少女萌えな抱腹絶倒の会話劇があるわけでもなければ、抜群のキャラクター性を持った小説でもありません。本作の評価は西尾維新に何を求めるのかによって大きく変わってきます。西尾維新の小説を相当量読み込んでいていて、その上で彼の創作する物語に魅せられた人はどうぞ、傑作です。キャラクターのやりとりが楽しいだとか言葉が遊びが面白い、西尾維新はそれこそが至高!という人は残念ながら、この作品に限ってはお呼びじゃないです。全力でスルーしてください。たぶん退屈な221ページになることでしょう。『少女不十分』はそういう小説です。
「西尾維新、原点回帰にして新境地の最新作。」が謳い文句のこの小説、中盤からのまさかのリアル系イヤミスな展開にこういった方向で攻めてくるとは、いうのが第一印象でした。確かに新境地には違いないけれどこれのどこが原点回帰なのだろう、と首を傾げながら読んでいましたが、最後の最後に納得。これは間違いなく原点回帰です。
西尾維新がこれまで発表した作品群に込めてきた想いとそれらの根底に共通して流れるテーマを改めて見詰め直し、一種メタ的な試みによってその丈を真正面から描き切ります。物語の中であれだけ過酷な現実を登場人物に突き付け、奈落の底に叩き落としたとしても、それでも尚冗談みたいにとびきりのハッピーエンドで〆てみせる。これが西尾維新なんです。そこが魅力なんです。
読者がある程度のレベルまで著者のスタンスを理解していること、既存の作品ありきで成り立っている本書は感動と感慨と感傷が本という媒体の外――読み手の西尾維新経験値に依っている部分が大きいため、小説としてはある意味邪道で途方もない実験作ともいえます。しかし、維新ファンとしてこれ以上嬉しい作品もない。作家と、作家を愛するファンだけに向けて書かれた最高のプレゼントといっても良い。
正直なところ、読み終えた瞬間に西尾維新は作家を辞めるのかと本気で考えてしまったくらいです。本作は現時点での作家・西尾維新の集大成であると同時に、ここまでの作家生活に一区切りを付けて新たなる一歩を踏み出すための再スタート地点となる、記念碑的作品だと思います。もし今後、10年、20年と経つ中で西尾維新という作家を振り返る機会が訪れるとするのならば、確実に最重要作として挙げられる小説でしょう。
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