2011.08/23 [Tue]
彩坂美月『ひぐらしふる』
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★★★☆☆
冗談? 違うわ。――ずっと好きだったの
――ねえ。賭けをしない? 私が勝ったら、彼と別れて
夏の終わり、恋人との関係に迷いを抱えながら、祖母の葬儀に出席するために実家に帰省した、有馬千夏。地元の旧友とのとりとめもない会話から、千夏はかつて身の回りで起こった不思議な出来事を知る。誰も居ないさくらんぼ畑からの突き刺さる視線。衆目の面前で、手品のように消されてしまった婚約指輪。山奥の霊場で失踪した親子連れの観光客。山のてっぺんで、UFOに連れ去られた幼馴染……。はたして怪現象なのか、それとも、事件なのか。そして、千夏の目の前にたびたび現れる"自分そっくりの幻"の正体とは。
少年の日の冒険、避暑地のアルバイトとひと夏の恋、親友にあなたの婚約者が好きだった告白する祭の夜――。うーん、夏だ。夏にはこんなノスタルジックな物語がよく似合う。どこか懐かしい情景に彩られた日常の謎モノの連作ミステリです。
収録されている短編のうち個人的に好きだったのは「素敵な日曜日」。10年以上一緒にいる大の親友から私が賭けに勝ったら彼と別れて、と告げられるあの場面の一瞬にして空気が凍りつく感じがすごく良い。静かな修羅場とでもいうのでしょうか、そういうときに人間って怒るでもなく、どうしてか引き攣った笑顔になるんですよね。まあ、そんな病んでいる趣向の話は措いといて。
著者の彩坂美月は山形県の出身で、本作の舞台もY県=山形県になっています。決して都会というわけではないけれど、だからといって何もない田舎というわけでもない地方都市の夏が見事に活写され、その様子がいまにも浮かんでくるようです。が、ここが本書の長所であり、また短所でもある部分で、ミステリとしての謎解きにローカルなネタの掛かる比重が思いの外大きく、ある程度の“常識”を持っている必要があります。恐らく、山形県民にとっては納得大満足の真相になっているのだろうけれど、他地方出身者にとってはそんなことまでは知らないよ、というのが本音です。良くも悪くも山形をフィーチャーしすぎ。厳しめにいっちゃうと、内輪ネタで盛り上がっちゃった感が無きにしもあらずです。
最終章のひっくり返し方にも若干の疑問が残ります。確かに“地の文”で嘘は書いていないし、厳密にいえばこれはフェアなんでしょう。しかしながら心象的には限りなくアンフェアに近い。それがオーケーになるのなら、極論なんでもアリになってしまうような気がしなくもないのです。
ただ、最後の最後できちんと〆てくれるので小説としてはここまで隠し通してきた意味は充分にあります。どんでん返しがどんでん返しで終わらず、最後の一文をより印象深くさせることに寄与している。ミステリとしては際どいところですが感性は合っていたので、この夏に出た彩坂さんのもう1冊の新刊『夏の王国で目覚めない』も読んでみるつもりです。
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