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300冊の積読本もなんのその、本や映画の感想などをつらつらと述べてみたり。

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真木武志『ヴィーナスの命題』

ヴィーナスの命題 (角川文庫)ヴィーナスの命題 (角川文庫)
真木 武志 はるお

角川書店(角川グループパブリッシング) 2010-07-24
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★★★☆☆
世界は幾重もの波で形成されている。
ぼくらがおもに生きている『日常』というやつは穏やかな凪の時間で、
事件が起こるのはいつだって波が重なってしまう時化の瞬間なんだ。

夏休みに入って間もない月曜日の朝、学校のグラウンドで生徒の死体が発見された。校舎の窓から転落したと思しき状況。自殺か他殺か? それとも学校に伝わる呪いの発動か!? 科学部と園芸部の2人の部長、美少女タレント、生徒会長……17歳を生きる“探偵”たちの仮説が交錯する、まばゆいばかりの1週間。若者たちがあぶりだす現実と解とは――!?


 内容の難解さ故に読者を選び、商業的にも失敗したにも関わらず、他方では傑作との呼び声も高い賛否両論の問題作です。
 登場人物が多い癖してチャプター毎に視点人物がころころ変わるので、めちゃくちゃ読み難い。指示語が多いのもわかり辛さを助長するし、視点の違いによって事件について「持っている情報」が異なり、全体を俯瞰できないのが理解を阻害している最たる要因です。読者に対してある程度のレベル以上の感性と知性が要求される、再読は必至と評されるのも頷けます。適当な読み方をしていると本当になんのこっちゃわからない。
 本作最大の問題点は結末においても「これだ」という明確な真相を与えられずに終わってしまうことでしょう。 でも、あやふやで不明確な、真相がはっきりしないままの結末――それこそがしのぶ先輩の望んだことなんじゃないかと思うんです。 “大きな物語”を求め続けた彼女が、その分岐点に立ったとき、たったひとりの人間を守るために迷うことなく“小さな物語”の方を選んだ。これはそういう物語なんだと私は解釈しました。

 “大きな物語”とは、個人個人の平凡な日常(=“小さな物語”)を打破してくれる“何か”を指します。自分たちが主人公に成り得るような、“世界”を揺るがすような出来事を待ち望んでいる。そういった現状打開願望は誰もが思春期には少なからず抱くもので、いま風に表現するのなら、いわゆる中二病です(作品の本質を見ない人間が貶める際によく使うのでキライな言葉ですが)
 幸せの絶頂で自ら命を絶った娘の行動原理も、その心情は解せないように見えて、思春期特有の脆さというものを考えればあながち納得できないものでもありません。自らのアイデンティティに迷い、憂い、怖くなる。この作品では絶妙なバランスの上に成り立っている学生たちの心が、殆ど完璧なまでに描き出されています。
 そう思うと、本書が「長門有希の100冊」に選ばれているのも結構意味深で、野球場いっぱいの観戦客を見て自分が大勢いる人間の中のただひとりに過ぎなくて、別に何の価値もないひと山いくらの普通な存在だと自覚し絶望してしまった涼宮ハルヒに通じるものが、この作品には確かにありました。『ハルヒ』は1度目のアニメ放送で1クール分見ただけなのでうろ覚えで語ってますけど。

 そんな中で訪れた黛岳彦の死という契機。彼は本当に自殺だったのか? 単に自殺ならそれは黛個人の“小さな物語”でしかない。しかし、それがもしも他殺だったら、大勢いる周囲の人間を巻き込んだ“大きな物語”に変化するのではないか。だから彼らは、退屈な日常を打ち破るために尤もらしいシナリオを創造し、“大きな物語”のカタチ(=真相)を模索していく。
 そのような都合上、彼らの論じる推理は“大きな物語”に近づけるためにそれぞれの事象をかなり恣意的に捉えている部分があって、通常の本格ミステリとはかなり毛色が違う。故に、ことの真相を考えるにあたっては、そこまで緻密なロジックを組み立てるのはたぶん不可能です。

そのことを前提(言い訳?)にして、私の考察を以下に記しておきます


 先にも述べたように、私はこの話は蓑田しのぶが憧れ続けた“大きな物語”に噛む機会を投げ打ってまで“小さな物語”として終息させるのに奔走した1週間の出来事だと捉えています。
 言い換えれば、黛岳彦の死(=“大きな物語”)を自分たちの日常(=“小さな物語”)とは関わりのないものとして切り離すために行った“物語”の「創造」です。真相が最後までうやむやで終わるのも、結局「誰」なのかはわからないけれど、犯人は匿名の「少女A」で良いじゃない、と言い聞かせているよう。これが、しのぶ先輩が真犯人に向けて出した結論であり、読者に対して示した「真相」でこの物語の「正しい」答え。
 そう、しのぶ先輩がこのような工作をしたのは、すべて真犯人自身を説得するため。犯人は「少女A」なのだから、あなたは何も気負う必要もないし、いままで通りに無関係の人間のままでいなさいというメッセージだったのです。
 じゃあこの解決編を誰に対して聴かせたのかというと、主人公の乃木由也でした。

 P.374 の高槻のセリフで『彼女』を特定するためのヒントが挙げられていますが、これは無視して良いでしょう。何故なら、それはあくまでも架空の犯人「少女A」が現実の人間として特定されてしまう可能性を示唆したものであって、しのぶ先輩の描いたストーリーの欠点を指摘しただけであろうからです。
 というかそもそも、物語上において二年六組の女子生徒は益子巧と柳瀬さとみしか登場しないので、仮に『彼女』が高槻の言った通りの人間だとすると、われわれ読者には推測のしようがありません。

 一方、由也が犯人だと考えると解決編で必要以上にしのぶ先輩に食って掛かるのも納得がいきます。実は結構露骨に書いてある部分も多くて、黛が死んだことによって由也は成長するだとか、自分もあの時逃走中だった(つまり仮想の犯人と行動が“重なった”部分)P.363で「少女A」が現れた際の“これは誰だこれは誰だこれは誰だ――”といった心境などが特に顕著です。由也は自分が犯人であることを知っているので、予期せぬ「犯人」の登場に動揺を隠せなかったのではないでしょうか。終盤「ふたたび、月曜日」での自分を鼓舞するような独白も、犯してしまった罪を肯定しているようにも見えます。
 また、もっとも疑わしいのは由也が夢で足音に追いかけられる場面でした。これは犯行日の回想でもあります。バスケットシューズの足音は由也のものとして、もう片方のローファーの足音は「少女A」のものとされています。しかし、この場には本当はしのぶ先輩もいたはずで、本来なら3つの足音がしてもおかしくないハズです。それが、なぜか“重なって”2つしか聞こえなかった。非常に不可解です。それならいっそ、前者の足音が由也のもので後者がしのぶ先輩のものだと考えた方がしっくりきます。

 仮に犯人が由也だとすると、解決編で扉越しに罪を告白した「少女A」は誰だったのかということになりますが、前後のチャプターから考えても益子巧で間違いないでしょう。事件を「少女A」の仕業にする以上、由也の罪を丸ごと被ってくれる「実像」がどうしても必要になります。巧扮する「少女A」が仮想のストーリーに従い架空の告白をする道化を演じることにより、由也に罪の意識から解放される安堵感を感じさせてムリヤリ説得。蓑田しのぶに“呑まれる”ところまでもっていくのです。
 犯人を始終「彼女」とカギ括弧付きで表現していたのも、便宜上の「彼女」であって、本当は男だと暗に示しているように思います。
 これについては、作中でまったく意味の為さない“益子巧は男でなく女である”という叙述トリックも、同様に“女だと思っていた人間が男である”可能性を示唆した伏線として機能している気がします。

 ところで。由也犯人説をとるとどうしても説明がつき難い箇所が2つあります。
 ひとつめは由也が階段から突き落とされたこと。これはしのぶ先輩の仕業で決まりです。“彼女”のためにしのぶ先輩が描いたストーリーであること、月曜日の足音とイメージが一致したことからも考えて、恐らくそうです。由也が犯人でない絶対的な証拠として由也=目撃者を襲う「少女A」が“物語”としては不可欠だった。
 ふたつめは作中に犯人視点の「彼女」パートがあることです。しかしながら、これもしのぶ先輩の捏造した“「少女A」を犯人にするには必要な物語”だったと考えることもできます。すなわち、「彼女」パートはすべて“実際にはなかったこと”で、しのぶ先輩の立てた結末に至るための創造された道筋である、と。実際にこの小説では P.212 チャプター(29)で似たようなことをやっているんですよね。しのぶ先輩の想定上にある仮想の“物語”を、さも現実にあった出来事のように地の文で書いちゃっている。二度目があっても不思議ではないです。


長々と書いてしまいましたが、結論としては。
乃木由也が犯人であり、蓑田しのぶをはじめとした仲間たちが、彼に罪の意識を感じさせないカタチでの解決=「少女A」が犯人である別の物語を創造し、自分たちの世界、“小さな物語”としての普通の毎日を守り抜いた。以上。
(最終的な協力者はしのぶ先輩、高槻、巧。牧永は静観、公文は独自に動いた)



私自身、一応の結論には辿り着いたつもりですが、この“答え”が絶対的に正しいとは言い切れず、なんというか、読書家の端くれとしての自信を大いに削がれましたね……。というかこれ以外の“答え”を見つけた人がいたら、ぜひ教えてほしいです。


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はろーすみす

Author:はろーすみす
シリーズものも平気で数年寝かせる積読家。本格ミステリとスター・ウォーズ小説を中心に読み漁り、新刊・話題作はあまり追っていません。

好きなミステリ作家は古野まほろ、はやみねかおる、西尾維新、霧舎巧。
ジャンル外では築山桂と小川一水。
講談社ノベルスをこよなく愛す特ヲタ。

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