2011.01/22 [Sat]
伊藤計劃『ハーモニー』
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★★★★☆
そう、まさにここ。生府がみんなの命と健康をとても大事にするこの世界。
わたしたちは昔の人が思い描いた未来に閉じ込められたのよ
21世紀後半、「大災禍」と呼ばれる世界的な混乱を経て、人類は大規模な福祉厚生社会を築きあげていた。医療分子の発達で病気がほぼ放逐され、見せかけの優しさや倫理が横溢する“ユートピア”。そんな社会に倦んだ3人の少女は餓死することを選択した―それから13年。死ねなかった少女・霧慧トァンは、世界を襲う大混乱の陰にただひとり死んだはずの少女の影を見る――『虐殺器官』の著者が描く、ユートピアの臨界点。
伊藤計劃は前々から読んでみたいと思っていた作家さんです。
本作『ハーモニー』は著者の処女作『虐殺器官』(未読)の延長線上の未来を描いた作品だそうで。本編中にも虐殺の器官がどうの、といった会話がでてくるように、明確な続編ではないもののそれとわかる程度には繋がりがある模様。
テーマはずばり「意思」「意識」。人が病気で死ぬことのなくなった思いやりに充ち溢れた世界で、人間を「人間」たらしめているものは何なのか? 生きていく上で「意思」は絶対的に不可欠な機能なのか? 自我がなければもっと幸福に生きることもできるのでは? と「意識」の存在意義を徹底的に突き詰めた小説です。やっぱりSFの世界観って、最終的に行きつくところは哲学の領域なんだな、と再実感しました。
そうはいっても決してお固いわけではなく、6000人超の人間が一斉に集団自殺を図るという謎の事件の真相究明を主軸に置いているため、全体にサスペンスフルな展開でエンタメ性も抜群です。意外なことに舞城王太郎や『涼宮ハルヒの憂鬱』ネタまで投入されていて笑った。真面目な話の中にしれっと混ぜないで!
健康管理を外に頼り、太りすぎも痩せすぎもいない極端に均一化された社会。他人の死をまるで自分に責任があるかのように悼み、個人の命を社会的なリソースとして何よりも大切にするセカイ。その仕組みに気持ち悪さを感じ、忌み嫌い憎む者が出てくるのは当然の流れ。ともすれば個人の喪失にも繋がるそういった虚構のユートピアは、いままでにも様々な作品で描かれてきました。たとえば『フレッシュプリキュア!』。たとえば『マトリックス』。
その度に人は“世界”に抗い、自分自身を取り戻すために闘ってきた。それではこの作品は、いったいどのような着地点を見出したのか。
(以下、ネタバレ)
ラスト、トァンはミァハへの個人的な復讐を果たすため、人類のハーモニクス=自意識喪失の道を選びます。しかし、だからといって世界は何も変わらない。人間は常に最良の選択をし、最も合理的な価値判断に基づいて生き続けてゆく。「笑う」必要があれば笑い、「怒る」必要があればその都度「怒る」という感情が選択され、表面化する。ただし不合理な事象を選択する可能性を持つ「意識」を徹底的に排除したため、結果として人類を苦しめる選択はなくなり、むしろいままで以上に幸福になったともいえます。「いま人類は、とても幸福だ。」の言葉で〆られるとおり、見ようによってはハッピーエンドなのです。
外の人間がどう思うが、意識を喪失した彼ら自身が幸せだと感じているのだから。
ふと思ったのですが、これって『スタートレック』のボーグ集合体とまったく同じですよね。「個」ではなく「集合体」としての完成を目指し、ドローン(各個体)は「意思」を持たずにそれぞれ与えられた役割を果たす。それがスタトレでは同化する種族の調査であり、現実の延長線上では八百屋だったり電気工事士だったりするわけです。
となるとこの先、WatchMeをインストールされずに「意識」を保ったままの少数派と「意識」を無くしてしまった彼らとの衝突は避けられないでしょう。『スタートレック ヴォイジャー』でジェインウェイ艦長がボーグからセブン・オブ・ナインを切り離したように、“新しい社会”の外にいる人間が彼らを自然の状態に戻そうと考える者も出てくるに違いありません。一方で、「意識」を持たない人類はより合理的な世界に近づくため、最良の選択として善意から同化を目論む。
そして生まれつき「意識」を持たない劣性遺伝のミァハが、外との接触によってそれを会得したのと同様の考え方で、「意識」に目覚める人もまた存在しない理由がない。
一見して完成された社会を迎えたように思えるこの結末も、実はまた血で血を洗う戦争が待っているであろうことが想像に難くないあたりに人間の性を見ているようで皮肉さを感じます。
精緻なストーリーで非常に面白かった本作ですが、ミァハの変心だけはいまいち腑に落ちず。他が高密度なのにそこだけ随分とあっさりで「あ、そうなんですか」ってくらい。
それと人間から「意識」を抹消するというミァハの選択自体が、そもそも彼女自身が後天的に得た「意思」の産物であり、彼女のとった人間の「意思」を否定する行為は、同時に肯定することにも通じてしまうような気がするのですが、そこらへんについての論駁がなかったところにも多少の物足りなさが。それさえクリアしていたら、まず間違いなく★×5でした。
これだけの物語を紡ぐことのできる作家、伊藤計劃がこれから描いてくれたであろう壮大なサーガを目にする機会が失われてしまったのは残念でなりません。未読の既刊本も必ず読みます。
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