2010.10/19 [Tue]
米澤穂信『インシテミル』
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★★★☆☆
怖い……。何がですか。
見知らぬ人たちが殺されていくことがですか?
バイト雑誌を立ち読みしていたビンボー大学生・結城は、ひとりの少女から声をかけられる。「ある人文科学的実験の被験者」になるだけで時給十一万二千円がもらえるという破格の仕事。応募した十二人の男女はとある施設に閉じ込められ、実験の内容を知り驚愕する。それはより多くの報酬を巡って参加者同士が殺し合う犯人当てゲームだった――。
映画版の酷評が止まるところを知らない『インシテミル』。「7日間のデスゲーム」なる、いかにも若者受けを狙っていそうな頭の悪いサブタイトルがまずかったのか。名前を聞いた時点での地雷臭が半端ない。森博嗣の『カクレカラクリ』といい、本格作家の実写化作品はとことん勿体ないことになっている悲劇。
ミステリ自体は流行っているのに本格ミステリがなかなか日の目を見ないここ最近にあって、一般層への認知度と求心力を兼ね備えているのがこの米澤穂信です。だから本格の要素を多く取り入れつつ、あくまでも一般人との温度差をテーマのひとつとして持ってきたこの作品の意義は思った以上に大きい。
館の名前にシチュエーション、カードキーに書かれた十戒、凶器に付属するメモなどから、われわれミステリファンは犯人探しや謎解きに傾倒してしまいがちで、作中でもミステリに淫している人が次々と起きる殺人の合理的な謎解きに躍起になっています。作中の結城のように犯人と犯行手順がわかったら披露したい、披露しなければならないという衝動に駆られるのがミステリ好きなんですよ。しかしながら、そんなことに興味の無い他の参加者にしてみれば問題なのは“人が殺された”という事実と、“この中の誰かがやった”という眼前にある脅威のみ。論理的解決なんてどうだって良いんです。その構図ををそのまま本の外(=読者)にまで持ってきてしまったのがこの作品のすごいところ。
だから本作が方々のレビューで高い評価を得ている一方、“つまらない”と烙印を押されることも少なくない賛否両論状態にあるのは当然の成り行きです。本格好きな人間は全力で楽しめるし、ガチガチのミステリにあまり詳しくない人には推理劇にぽかん、と置いてきぼりを食らわされる。それは物語の登場人物たちとまるで同じ状況であり、それこそが著者のやりたかったことだったのです。これが書けるのは本格読者と一般層、両者に求心力を持つ米澤穂信ならではでしょうね。そういう意味ではミステリに対してかなり自虐的な小説だといえます。
こるものさんといい、最近多いなこういうの。本格ミステリのパターンや体裁そのものが崩壊しつつあるのかもしれない。いつまでも孤島で事件なんか起きないんだぜ!とかいって。
あらすじは驚くほど矢野龍王『極限推理コロシアム』に酷似していて、壮絶なる既視感。変な建物に連れてこられての賞金を賭けた殺人ゲーム――って、まんまじゃないですか。鯖ミス(サバイバル・ミステリの略)の王道設定ですね。
違っているのは本作では決して“殺人が強要されていない”ということ。黙っていても1800万超の大金が転がり込んでくるにも関わらず、犯人ボーナスのためにわざわざ罪を犯す必要があるのか?という説得によって一時は平穏無事に済むかと思いきや、死者がひとり出たことによって殺人が連続する最悪な状況へと発展していきます。この負の連鎖へと転落してしまう様はリアルに怖ろしいです。さすがは疑心暗鬼の<暗鬼館>。
米澤作品にしては毒気が少ないかな、と油断していたら後半になって主人公がどんどん悦に入っていき、良い感じに――いや、悪い感じといった方が正しいかしら?(鑢七実ちっくに)――捻た性格をしていました。このあたりは「小市民」シリーズで小鳩君が抱えていたジレンマを膨らませたかのようで、やっぱり米澤穂信は米澤穂信だった。
最後に一点、気になったことを。いくら一人称ではないとはいえ、主人公の考えたことや彼の人物設定を意図的に秘匿するのは反則とまでは言わないけれど、ずるいと思うんだ。あくまでも視点人物と同じ目線で事件を見ていくのが基本なんじゃ?
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