2010.09/18 [Sat]
アガサ・クリスティ『アクロイド殺し』
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★★★★☆
どこから見ても愚か者じゃないですよ
ただ――恋に落ちた愚か者というだけです。
深夜の電話に駆けつけたシェパード医師が見たのは、村の名士アクロイド氏の変わり果てた姿。容疑者である氏の甥が行方をくらませ、事件は早くも迷宮入りの様相を呈し始めた。だが、村に越してきた変人が名探偵ポアロと判明し、局面は新たな展開を……。
「エルキュール・ポアロ」シリーズ 第4作。
順番に読み進めているポアロもの、今回はかの有名な『アクロイド殺し』です。ミステリ史にその名を残す本作ですが、それ故にネタバレが多く出回ってしまっているのも事実。私自身も読んでもいないのに真相は知っていたクチで、そういった意味では純粋に驚かされることが叶わなかったのが残念でなりません。とはいえネタバレを知っているからこそでみる読み方もあるわけで。
伏線に注視して読むように心掛けてみると、これが実に巧妙に書かれていることに気付かされます。
(というわけで以下、大いにネタバレる)
叙述トリックの特性上、巧妙に隠しているのは当然なのですが、もっとすごいのがその部分が完全に隠れ切ってはいないこと(ここ、傍点付きで)
真相を知った上で読んでみると、どこで犯行が行われたのかなどのキーとなるポイントが、一目瞭然に怪しいとわかるように書かれていることが驚くべきところでしょう。現に、最終章の指摘ナシの一読目でも充分に気付きます。一見、複雑な構成をしているにも関わらず読者に混乱をきたさないこの塩梅で書くのって、結構難しいですよね。
構成的な面でいえば、真相の告発が行われる一歩前、関係者全員を呼び集めての“小さな集まり”が開かれた際にポアロがシェパード先生の“隠し事”を糾弾しますが、ここで先生の秘密を1度暴いたことによって読者は先生の抱える秘密がすべて暴露されたと思い込まされます。いわば著者による「先生は犯人圏外ですよ」というミスリードの念押しなわけで、そこまでしなくても良いんじゃないかと思うのですが、それでもさらに仕掛けてくるのがさすがはミステリの女王。
で。常々語られてきたフェアアンフェア論争ですけれど、私はフェアを支持します。そもそもポアロものの長編前2作『スタイルズ荘の怪事件』 『ゴルフ場殺人事件』からして、そもそもヘイスティングズの手記なわけだし、そういった意味では『アクロイド殺し』だって手記でないとは言い切れない――というか、むしろ手記であると考えるのが当然とすらいえます。
手記ならばある程度は自分に有利なように書いてあっても誰も咎められないし、本文中でも明言されているようにある事実が省かれているだけで“地の文に嘘を書いてはいけない”のルールには違反はしていない。加えてシェパード先生はポアロの見たこと聴いたこと、推理に必要な材料はすべて例の手記に載せているので、先入観を捨てれば読者にも犯人を絞り込むことは可能なハズです。そんな理由で断然、フェア。
この語り手=犯人を実行するために4作目にしてポアロの相方を降りたヘイスティングズ(シンデレラと結婚して海外移住!)ですが、ポアロはしきりに彼のことを話題にするわ、代替者は犯人だったわで、ポアロの相方はやっぱり彼しかいないよなぁとヘイスティングズ株が急上昇。未登場ながらに本作においてその存在感はかなりのものだったりするのですが、そんなことは露知らずなところがヘイスティングズクオリティ。
ヘイスティングズ、カムバック!!
てな感じで、次作では復帰を果たしてくれるようです。
クリスティ史上最駄作と誉れ高い(?)『ビッグ4』、怖いような楽しみなような……。
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史実では犯人は見事、完全犯罪を達成しています。