2010.06/15 [Tue]
バーナード・ベケット『創世の島』
![]() | 創世の島 バーナード ベケット Bernard Beckett 早川書房 2010-06 売り上げランキング : 387690 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
★★★★☆
俺はおまえとはちがうとわかっている。それで充分だ
21世紀末、世界大戦と疫病により人類は死滅した。世界の片隅の島に大富豪プラトンが建設した<共和国>だけを残して。時は流れ、いま、アカデミー入学をめざすひとりの少女の4時間に渡る口頭試問が行われようとしていた。彼女の口を通して語られる<共和国>建設の経緯やその社会構造、歴史、AIの問題――新たなる「創世」に秘められた驚天動地の真相とは……。
すみません。言ってみたかっただけです。……本当にごめんなさい。
気を取り直して。『創世の島』、ミステリ好きも楽しめるSF小説でした。それ以前に、そんなことは関係なしにしても相当、面白かったです。現時点での今年のベスト10には余裕で入るくらいに。
作風は極めてトリッキー。物語内の時間は試験が始まるところからスタートし、最後のページで試験終了。つまり、この4時間の間にあった主人公・アナックスの口頭試問の様子を延々と描いているだけの小説なんです。そんな具合だからアナックスが試験部屋から出るのも休憩の時間のみ。物語の大部分は動きのない会話だけで構成されています。そこで著者は大胆にも地の文の殆どをばっさりと切り捨て、
試験官 はじめる前に、なにかきいておきたいことは?
アナクシマンドロス なにが正解なのか、おききしたいです。
――と、極めて脚本的な書き方を採ります。
しかもこの手法が単純に文章の簡略化ではなく、物語上の必然性を持っているところがポイントでしょう。
途中、“試験のために作った再現映像”としての過去パートが挿入されるものの、ともすれば退屈になりがちな架空の歴史学試験の“会話”だけで読み手を惹きつけるというのは、そうできるものではないと思います。
試験課題である、<共和国>の歴史に大きな影響を与えた“アダム・フォード”の物語、アナックスと試験官の間で交わされる哲学的なやりとり――そのすべてが面白く、また興味深い。特にアダムが最終的に何をしたのかがわからないまま物語が進んでいくので、全貌がとにかく気になって仕方がない。
ちなみにダン・ブラウン『ロスト・シンボル』では科学を突き詰めていくと宗教学に至るという見解が提示されましたが、本作では科学を論じているつもりがいつの間にか哲学に、それもごく自然な論理展開で語られます。なるほど、アンドロイドがケイ素で人間が炭素なら、その違いはどこにあるのか? 周期表で“特別”扱いが生まれて良いのか? など、『鷲見ヶ原うぐいすの論証』を読んだときにも感じたのですが、基本的にこういった論議が好きなんですね、私。
感性的にも非常に合った本だったので、今後この作者の別の作品が訳されたなら、間違いなく読むと思います。
さて。本作においてはラストの〆め方に触れないわけにはいきますまい。
(以下、核心部分のネタバレあり)
ミステリ好きも楽しめるというのはまさしく例の叙述トリックの部分で、アナックスはじめ試験官等々登場人物が総じてアンドロイドだったという展開に他なりません。
私の場合はミステリを主体に読んでいるせいか、いつの間にやらその手の勘がよく働くようになっていたようでオビの“とくに、あの最後の数ページの衝撃!~”の煽り文を読んだ瞬間に、ん?叙述系?と勘付いて、そこから逆算して既に冒頭部分で登場人物=アンドロイドは予測していたのですが、よもや人間全員死滅でアンドロイドのみが生きる世界だったとは……。普通に共存しているのかと思った。
そして“試験”自体の目的――即ち、アダムの思考を受け継いだ突然変異を始末する、という展開はさすがに予想外でした。ここらへんも読み返してみるとわかるのですが、アナックスが試験中にアダムの考えを推察したときに“わたしは”と自己投射した時点で、既に危険因子の発露であったというのが非常に周到。
思考の感染に関してもアダムとアートの間で散々に交わされた議題であり、そこをラストのオチに繋げたところも上手い。一見するとアンドロイド側の勝利にも思えるこのラストですが、アートはアダムを利用して自分の目的を達成したけれど、同時にアダムも思考の感染によってアートを支配し、結果として後々まで自分の分身を残すことになる――そう考えると必ずしもアートの計らいは成功したとはいえず、逆に生きられる時が限られる人間が、アンドロイドの体に思考を伝播させることで永遠の命を得たとも汲み取れるわけで。
なかなか一筋縄ではいかない、奥の深い物語でした。
スポンサーサイト
Comment
Comment_form