2010.02/07 [Sun]
薬丸岳『天使のナイフ』
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★★★★☆
あなたに訊ねたい。更生とは何ですか。
生後五ヵ月の娘の目の前で妻は殺された。だが、犯行に及んだ三人は、十三歳の少年だったため、罪に問われることはなかった。四年後、犯人の一人が殺され、檜山貴志は疑惑の人となる。「殺してやりたかった。でも俺は殺していない」。裁かれなかった真実と必死に向き合う男の辿り着く先には……?
第51回江戸川乱歩賞受賞作。
知り合いのオススメということで贈られた本だったのですが、これはなかなか良かったです。普段の自分の嗜好からして、ミステリはミステリでも、社会派よりの作品は読まないですからね。教えて貰って感謝です。
少年法の抱える問題点を題材に本当の“贖罪”、真実の“更生”とはいったい何なのか、ということに焦点を当てた作品。ともすれば重くなりがち、堅苦しくなってしまいそうなテーマではありますが、この作品を読む限りではそんなことはまったくなく、極めて読みやすい。いま、このタイミングになって当時の加害者少年を殺していく犯人は誰なのか?というミステリ部分に並行して、真相を探るべく動いた桧山が触れる、かつての加害者少年のその後と、そこに流れていた想い、葛藤が同時に浮かび上がり、二重のラインで読ませてくれます。
本作で面白いのが、それぞれの登場人物の抱える事情だったり感情だったり、一見して表面には出てこないそれぞれが抱える“もの”の存在。 『うみねこのなく頃に』でいうところの“チェス盤をひっくり返す”ことで見えてくる彼ら彼女らの事情は、それまでに抱いていたイメージをがらりと変えさせてくれるものであり、視点の違いによってこうも変わってくるものか、とその上手さに感心してしまいました。
(以下、若干のネタバレあり)
読んでいる最中、明らかにやりすぎで不自然な感のあった妙な符合も、最終章できちんと説明が為されており、納得。まあ、それでもやっぱり出来すぎというか都合良くつくり過ぎた感も否めないですけど。
その都合良くというのは大きく2点あって、それは真犯人の事件への関わり方――なぜ真犯人が祥子殺害を企てようとしたのかということと、祥子と真犯人の接点になるのですが、特に前者に関してはややアンフェアである気がします。というのも、祥子が真犯人と自分との接点に気付く契機となった重要なファクターが読者に提示されていないんですよね。シャーロック・ホームズが依頼人の職業を神業的に当てるのだけど、読者には予めそれを予測するだけのヒントが示されていない、あの状況に似たものがあります。
公平な伏線も提示せずにそんなことをいきなりわれても、はっきりいって興醒めなだけで驚きなんてありません。勿論、この小説は本格ミステリを主眼に置いた作品ではないので、そんなことを求めても意味がないのかもしれませんが、曲がりなりともミステリを名乗る以上、そこはきちんとやってほしかったです。他が良かっただけに、ちょっと残念。
さて、実は本作は2ちゃんの「やられた!」ミステリのスレでもテンプレに挙がっていたりするのですが、全体的に見るとそこまでやられた感はなかったような。犯人は確かに意外な人物でしたが、予想の範囲内ではありましたし、先に述べたように多少のアンフェアさもあったので。
とはいえ、この作品の真髄はそういったところではなく、桧山が今回の事件で感じたこと、思ったことのすべてです。その追体験を経て、最終的に彼が至った結論が心を少しでも打ったのであれば、それだけでも充分に読む価値のあった作品だと思います。
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