2010.02/01 [Mon]
映画『ブラインドネス』
![]() | ブラインドネス [Blu-ray] ソニー・ピクチャーズエンタテインメント 2013-01-30 売り上げランキング : 35990 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
★★★★☆
始まりは一人の日本人男性だった。突然目の前が真っ白になり完全に失明する謎の伝染病は、彼の発症を皮切りに爆発的な勢いで拡がっていく。有効な治療法のない中、政府がとった政策は感染者の強制隔離だった。次々と収容所に集められていく人々。最初に失明した日本人とその妻、彼を診察した医者や売春婦、黒い眼帯の老人、幼い少年……。そしてその中にただ一人"見えている"女がいた。なぜか発症を免れたが、夫の身を案じて紛れ込んだ医者の妻だった。収容所は軍によって厳しく監視され、食料や薬品の要求もままならず、衛生状態も日増しに悪化していった。感染者の不安はやがて苛立ちへと変わり、所内の秩序は崩壊してゆく。生き残るのは果たして誰なのか――?(2008年 日本・ブラジル・カナダ)
ウイルスもののパニック映画にいかにもありがちな設定であらすじには“生き残るのは誰なのか――?”なんてありますが、決してパニックでもサバイバルでもサスペンスでもアクション映画でもありません。あくまでも世界中の人間が失明したとしたら、その時ヒトはどういった行動をとるのか?という人間の心の在り様をシュミレートした作品です。
そのため、なぜ失明が始まったのかという説明もなければ、解明もない。収容されまいと逃げ惑う描写もないし、誰かが助けにくるわけでも、誰かを助けに行くわけでもない。なので、そういったものを期待しているのであれば別の作品を見るべきです。本作に、カタルシスなんてものはまったく存在しないので。
(以下、ネタバレ)
そんなわけでこの作品における失明現象というのは一種の舞台装置であり、あくまでも人間の心の根源を表に曝け出させるための手段でしかありません。だから、突き詰めていえばアレは感染症でもなんでもなく、ただ伝播する何か。何の前触れもなく目が見えるようになるラストも、全然アリなんですよね。非常にメタ的ではありますが、物語として人間の心の在り様を描ききった以上、これ以上“失明”という舞台装置はいらないわけですから。そういった意味では、むしろ治って当然といえるかもしれません。
さて、本作の訴えたかった人間の“本質”ですが、作品内でこれでもかと描かれる内容に反して実はこれ、本当は性善説なのではないでしょうか。限りなく邪悪な性悪説の皮を被った、美しき性善説の物語。
あらすじにもある通り、失明者は政府の判断によって否応なく収容所に連れて行かれます。その時点で、外部との接触はほぼ絶たれ、少しでも外に害を為す恐れがありそうだと判断を下されたら簡単に射殺されるし、収容所の中で何が起こっていようが外には関係なし。自分達に危害をもたらす可能性を持つものを一ところにまとめて監視し、社会全体の安全を図ろうというのは海外ドラマの『THE 4400』や映画『バイオハザード2』なんかでもそうで、その根本的恐怖感による人権無視行為も極限状態に置かれた人間の心理を端的に表しているかと思います。
また、無法地帯となった収容所内で自然と生まれる混沌と、力ある者が支配する新たなる秩序の形成も必然です。先日読んだ『パラダイス・クローズド』で語られた『蠅の王』の物語を彷彿させます。やはり閉鎖空間に複数人が投げ込まれると、最初のうちは順調に見えても、次第に人間は欲望のままに行動するようになり、絶対的によくない方向に転がってしまうんですよね。これが性悪説。
この作品はそこらへんの本当に描写がキツくて、拳銃を片手に食料品を独占した収容所3号室の男が“王”と名乗り、貴金属類と食料の交換――果ては女性と食料の交換ですからね。外道にも程がある。人間の醜悪な部分丸出しです。
そんな横暴にさすがに耐え切れなくなった人々が徒党を組んで叛乱を企てます。3号室の人々の支配から解放され、それで終わりかと思いきや、物語はまだ続くんですね。
火事となった収容所から外に助けを求めるが、反応はない。既に外の人間も皆、失明していたことが判明します。収容所を出た主人公らが目にしたのはすっかり荒廃してしまった街。失明した人間が食料を求めて街中を彷徨い、奪い合う。人間の死体を群れた犬が食い漁る場面は衝撃的です。目が見えなくなってしまっただけで世界はこれほど終末に向かうのか、と。
そんな中で唯一目の見える主人公が、仲間のためにスーパーに食料を確保しようと出向くのですが、肉の匂いを嗅ぎ付けた人間たちに襲われるシーンは本当に恐ろしい。もはや彼らは人間ではなくて、動物よりも凶暴で。これが人間の本性かと思うと鳥肌が立ちます。
ですが本当の見どころ、語られるテーマはここからです。収容所で知り合った仲間と途中でついてきた犬と共に自宅に戻った主人公夫婦は、その場所で皆と生活を始めます。名前も知らない、顔も知らないそんな人たちとです。目が見えなくなっても今、皆で暮らせるこの生活がいちばん幸せだと言う眼帯の男。見た目なんて何の意味も持たない世界で、本当に大切なのは内面の本性だけだという言葉。君たち夫婦には本当に感謝している、邪魔だと思ったら出て行くとのセリフ。
真に結ばれた絆から成る関係。そこには人種も年齢も職業も、人間かどうかでさえも関係ない。人間は助け合うことで生きていけ、誰かと共にいられることで幸せになる。
惨々に悲惨な状況はあったけれど、それでもそれを乗り越えて最後に至った終末、結論がこれなんですよ。それはまさに人間の本質、性善説です。
そのことに気付かされるためだけに、この物語――失明現象の物語はあったのだと思います。
たとえこの先、主人公が失明してしまったとしても、たとえ“最初の男”以外の人間に視力が戻らなくとも、それでももう彼らが絶望に打ちひしがれることはないでしょう。『ブラインドネス』はそんな希望の物語でした。
スポンサーサイト
Comment
Comment_form