2017.07/08 [Sat]
家原英生『(仮)ヴィラ・アーク 設計主旨 VILLA ARC(tentative)』
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川津たちが招かれたのは、断崖に建つ「二本の筒が載った家」。彼らを迎えたのは不可解な表札「ヴィラ・アーク」。豪華な館訪問という楽しいはずの旅に、やがて暗雲が漂いはじめ、事件が起こる。消えた黒猫を捜すうちに一人、また一人と行方不明者が……。建物の設計に隠された秘密とは何か? 謎は深まる。やがて嵐がおさまり、真相にたどり着いたかに見えたとき、突然、爆発音が轟く。謎は建築家たちによって紐解かれ、最後に明かされる建物の「設計主旨」とは。
第62回江戸川乱歩賞最終候補作。セルフビルドの増改築によって建てられた奇妙な自宅を訪れた建築事務所のメンバーの飼い猫が姿をくらませたことに端を発する、一級建築士の手掛けた館ミステリです。
改めて述べるまでもなくミステリ――特に新本格においては古今東西様々なお屋敷、お館、大豪邸がこさえられ、その度に珍奇な外観や拘り抜かれた建物名、趣向を凝らした仕掛けの数々は多くの読者を喜ばせてきました。同時に、それらの醍醐味であり、お約束ともいえるダイナミックなトリックが、ときに空想的で非現実的な実現不可能な代物として「建築法を守らない」などと揶揄されることがあるのも事実です。
そんな物語の中にのみ存在し得る本格ミステリのお館を、一級建築士の視点からアプローチしたらどうなるのか。その惹句だけでも既に最大級に魅力的で、これはもうつまらないわけがありません。作者は実際に街づくりの現場にて第一線で活躍し、いくつもの賞をとった実績のあるプロであり、その経歴を見ただけでも期待度がいや増します。
書肆侃侃房なる聞き馴れない版元は福岡の出版社だそうで、作者が福岡在住であること、物語の舞台が九州であることが縁だったりするのでしょうか。
注目すべきはそのカラクリ以上にヴィラ・アークという建物に込められたテーマ性です。既存の館ミステリの類に漏れず、本作もまたスケールの大きなギミックが用意され、一切の逃げなく見取り図に記されるままに設計されてなお読み手を驚かせてみせます。しかもこれらの仕掛けは他ならぬ、法律で定められた条件を通す目的に行われているのです。建築法を守らないのではない。建築本を遵守するが故に、それをクリアするための手段がそのままミステリとしてのカタルシスに変換される。これぞ本職たる建築士の為せる業でしょう。
加えて、今作に登場するヴィラ・アークは数多の館ものに引けを取らない驚天動地の建物でありながら、至極理想的でこの上なく現実に即した構造の下に創られている点も見逃せません。副題にも掲げられた“設計趣旨”――本書を読み終えたとき、恐らく大多数の人間は感銘を受け、納得し、そこに託された想いに心動かされるハズです。これこそがいま求められる建築の新しい在り方かもしれない。
まさに事実は小説より奇なり。真に実用性を重視し住む人の安全を追求した結果、現実がフィクションを遥かに凌駕してしまう。そしてその究極ともいえる発想が現行法では認められない歪。その問題提起によって館ミステリが社会派ミステリへと一気に反転するのです。
乱歩賞落選作ですがどちらかといえばメフィスト賞寄りのアプローチで、仮にそちらの方に投稿されていたのなら一発受賞だったのでは。本書が地方出版社から刊行されたマニアックな1冊として人の目に触れられずに終わってしまうのはあまりにも惜しいし、この作者にはこれからもバンバンとミステリを書いて頂きたい。
新本格30周年のメモリアルイヤーにこのようなミステリが上梓されたことは大変興味深く思います。新本格というステージをさらに一歩押し上げた傑作です。
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