2017.05/28 [Sun]
甲賀三郎『蟇屋敷の殺人』
![]() | 蟇屋敷の殺人 (河出文庫) 甲賀 三郎 河出書房新社 2017-05-08 売り上げランキング : 47444 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
★★★☆☆
東京・丸の内の路上に停車中の自動車内に、謎の首切断死体が発見された――。広大な屋敷に蠢くがま蛙、久恋の女秘書、怪奇な幽霊、いわくの美女、蟇屋敷主人……。探偵作家と刑事は横浜、鎌倉、埼玉奥地、大阪へと犯人を追う。
庭には無数のカエルが放され、書斎には巨大な蟇の置物が鎮座する不気味なお屋敷を中心に、その主の周りで起こる連続首裂き事件を綴った長編ミステリ。初出はなんと昭和13年(1938年)の戦前にまで遡る1作がこの度、KAWADEノスタルジック〈探偵・怪奇・幻想シリーズ〉の叢書として初文庫化と相成りました。河出書房新社に限らず近頃、戦前戦中に書かれたミステリが各社から続々復刊されており、幻と謳われた作品が安価で気軽に読める文庫判にて入手できるばかりか、こうしてまだ見ぬ古典に容易に触れられる機会が定期的に訪れるのはいちミステリ読者としても嬉しいです。
想像するだけで身の毛もよだつ蟇尽くしの奇怪な豪邸、深夜に跋扈するのっぺらぼう、同時刻に複数箇所で目撃される同じ顔の男といった奇想性満点の物語も、この時代に書かれたものだったからこそより真に迫ったリアルさを醸します。
あらすじからは首斬りが主題のような印象を受けますが実際には首の皮一枚でギリギリ胴体と繋がっているケースの方が多く、そこには重きは置かれません。どちらかといえば焦点となるのはアリバイ崩しの方でしょう。
“そっくりな顔を持つ人間”という謎は現代の読者にとってはもはや珍しいものでなく、まず間違いなく想定する回答があるハズで本書においてもそれは例外とは言えず、中核を担う発想自体は恐らく一緒です。しかしながら複雑な時系列を整理していく過程でどうやらそう簡単な話でないことに気付かされます。そしてそこにあるピースを嵌め込むことで完璧な正答にまで綺麗にもっていけるつくりにはフェアプレイの真骨頂が見えました。
2010年代後半になった現在においては類型的であるメイントリックも、80年前に著されたことを考えるとむしろその発想の古びなさに驚かされると同時に、これほど前から既にこの着想で本格ミステリが書かれていた事実に感心します。
執筆された時代ゆえ設定面でわりかし大雑把な部分があったり、探偵役が再会したヒロインに熱を上げすぎてまったく周りが見えなくなるどころか捜査の足しか引っ張っていなかったりもすれど、それもまた古き良き探偵小説の香りがして味なものです。
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