2016.08/30 [Tue]
チャック・ウェンディグ『スター・ウォーズ アフターマス』
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★★★★☆
第2デス・スターは滅び去った。皇帝とその参謀ダース・ベイダーも死んだという噂だ。銀河帝国は混乱状態に陥っている。この知らせに歓喜する惑星もあれば、帝国派の支配がさらに強まった惑星もある。楽観と恐怖が隣り合わせに存在していた。反乱同盟軍と帝国残党の戦いが続くなか、一機の反乱軍スカウトが帝国派の秘密会議開催を嗅ぎつけた――。
「アフターマス三部作」第1作。
お久しぶりの「スター・ウォーズ」小説は文庫版ではなくソフトカバーでの刊行。『EP6』直後の混乱の只中にある銀河情勢を描く「アフターマス三部作」の一番槍にして本国では『EP7』公開に向けてリリリースされた新カノンの重要作、「ジャーニー・トゥ・フォースの覚醒」シリーズの一冊です。
皇帝の死から数ヶ月、絶対的指導者を失った帝国上層部は権力闘争の場と化す一方、銀河に散らばる各惑星では『EP6』ラストから直接連なる『砕かれた帝国』でも描かれていたように終わりの見えない戦火と騒乱がいや増していました。エンドアにおける反乱軍の勝利が銀河に平和をもたらすどころかより大きな戦禍の口火となり、ときに何よりも大切な家族を、ときに親しかった友と袂を分かち引き裂かれることになってしまう人々の様子が綴られた幕間はカノンにおける「SW」ユニバースの在り様を端的に示しているといって良いでしょう。
すなわち、カノンの「SW」はルークやレイアといったヒーローたちが華々しく活躍する旧レジェンズ群とは大きく異なり、ひたすらリアルで泥臭く、そこに救いはありません。このあたりの描写は単純な活劇とはいかない『クローン・ウォーズ』における戦争描写に近しいものがあり、やがて『EP7』で訪れる悲劇を予感させもします。
旧共和国時代、パルパティーンに与えられ帝国樹立と独裁政権誕生のきっかけとなった非常事態特権を、新共和国元首となったモン・モスマがその高潔さから返上した結果、共和国内の不和と後のファースト・オーダーを生んでしまう結果に繋がるというのも何とも皮肉。あまつさえ恐怖政治だろうが悪党どもの圧力となって平和が保たれていた、と訴える市民が少なからず出てくるのだからカノンの「SW」は徹底的なまでに理想主義に手厳しいです。
本作で主役を務めるのは反乱軍パイロットのノラ・ウェクスリー。辺境の惑星アキヴァ出身の彼女が故郷に残した息子テミンを迎えに戻るところから物語は始まります。このテミン・ウェクスリーこそ『EP7』でポー・ダメロンや『ジェダイの剣術を磨け!』の導入パートに登場したジェシカ・パヴァらと共にX-ウイングを駆ったパイロットの青年であり、本シリーズは彼の少年時代を描いた物語でもあります。
『EP6』直後が舞台であらすじにもウェッジが大々的にフィーチャーされていたため、初めはポスト「X-ウイング・ノベルズ」に当たる小説になるのかと思っていたのですが、蓋を開けてみれば有名どころのキャラクターは他にギアル・アクバー、モン・モスマ、デンガーにそこそこセリフがあり、幕間で次作『Star Wars: Aftermath: Life Debt』へのブリッジにハンとチューイーが登場するくらいで、唯一ストーリーに噛んでくるウェッジもほぼ囚われの身状態で出番は殆どありません。
代わりに活躍するのがノラとテミン、彼が魔改造を施した最兇バトル・ドロイドのミスター・ボーンズ、元帝国忠誠軍将校のシンジャー・ラス・ヴェラスと女賞金稼ぎジャス・エマリです。それぞれの思惑と複雑な感情を胸に運命の悪戯から行動を共にすることになった彼女たちが次第にチームとなっていく姿はすこぶる魅力的で、映画の登場人物たちに引けをとらないどころか彼らの物語をもっと見たくなるほどでした。
銀河を揺るがす一大事の影で決して表面には関知されない場所にて、名もなき人々がこっそりひっそり自分たちの戦いを繰り広げているという設定が好みな自分にとってはジャストフィットな作風で、既存の邦訳小説では『デス・スター』の雰囲気が最も近しいかもしれません。「ジャーニー・トゥ・フォースの覚醒」シリーズという括りでなければまず邦訳されなかっただろうマイナーキャラ主体のスピンオフをこうして出版してくれたヴィレッジブックスとディズニーマネーには大いに感謝です。
既存のカノン作品への言及も多く、映画本編は当然として『クローン・ウォーズ』シーズン2の「脱走兵」で共和国軍を離れトワイレックの親子と暮らしていたクローンのその後が語られたり、主要キャラであるジャスが「七人の傭兵」などでアナキンやアソーカらとホンドー海賊団を相手どった賞金稼ぎスギの姪だと判明した瞬間には思わず声を上げそうになりました。そこで語られる義理堅く、常に仲間を信頼するというスギ像がまさしくわれわれが見てきたそれとリンクし、胸が熱くなります。
また、幕間の皇帝崩御による混乱を恐れたアデルハード総督によるベスピン封鎖の件は日本語未対応ゲーム『アップライジング』の出来事です。こうしたコアなファンへの目配せを忘れない姿勢もマニア心をくすぐられますね。
興味深いのはウェッジが友人“フルクラム”について回想している点です。知っての通り、今秋から本国でスタート予定の『反乱者たち』シーズン3では帝国側のパイロットとしてウェッジの参戦が明らかにされていて、フルクラムとはかつてアソーカが正体を隠してヘラに作戦指令を伝えてきた際のコードネームである一方、マラコアでのヴェイダーとの決闘以後消息を絶った彼女に替わって新たなフルクラムの登場も示唆されています。本国での本書の出版は『反乱者たち』のシーズン2が放映されていた時期になりますから、これらの状況を鑑みるに作者は今後の展開についてある程度報された上で本作を著していると思われ、裏を返せばまだ見ぬヒントをいくつも潜ませている可能性が高いです。
そうした観点から振り返ってみると、今作が初出となる非フォース感応者によるダークサイド信奉集団アコライツ・オブ・ザ・ビヨンドとパルパティーンの元側近で帝国の軍事顧問でもあるユープ・タシュの存在は意味深です。シス卿としてのパルパティーンに大いなる尊敬を抱き必要以上に暗黒面にすがるユープ・タシュの皇帝は外宇宙に暗黒面の深淵を求めて未知領域探索に積極的だった云々の言はいかにも怪しげであり、ユージャン・ヴォングやスノークの正体に対する仄めかしのようにも感じられます。
加えて今年末公開の『ローグ・ワン』に登場する盲目の棒術師チラット・イムウェがフォース信奉者の巡礼地ジェダの出身で自身も非フォース感応者ながらジェダイシンパ、ジェダイ思想に傾倒し『EP7』の冒頭で命を落としたロア・サン・テッカとの共通項――もとい、まったく正対する位置にあるとも捉えられ、カノンにおける「SW」ユニバースはより宗教色が強く、ジェダイ/シス、フォースの感応/非感応に関わらず銀河が思想的に二分されていくのではないでしょうか。そしてあくまでも予想ですが、そこにバランスをもたらす者こそが一度ジェダイを捨てて隠遁したルークであり、『反乱者たち』の次シーズンで中立のフォースを司るベンドゥの教えを受けたケイナンの霊体(?)に導かれる形でジェダイでもシスでもないフォースの使い手として銀河とフォースにバランスをもたらす、と。
アコライツ・オブ・ビヨンドの創設にシスを破門されたモールが関わり、聖地ジェダにはジェダイの道を離れたエズラがいればなお綺麗に収まります。
ところで本作には『新たなる夜明け』で初登場を果たしたレイ・スローンがバラバラになりかけた帝国残党をなんとか取り纏め、腐敗と自己保身に満ちた現状から強靭でストイックな本来の姿を取り戻そうと苦心します。『反乱者たち』でミスローニュルオドことスローン大提督がレジェンズからカノンへの復帰を果たし、綴りが違うとはいえなぜこんなややこしいネーミングにしたのか、との批判も漏れ聞きますが、旧レジェンズで『EP6』以後の崩壊寸前な帝国を建て直したのがチスのスローン大提督(Thrawn)であり、新カノンの帝国残党たちを引っ張っていくのが女性将校のスローン艦長(Sloane)である符合を考えると案外意図的なオマージュだったのではないでしょうか。彼女もこれからの作品でまだまだ出番が用意されているようなので楽しみです。
『スター・ウォーズ アフターマス』、カノンの邦訳小説の中ではこれまでで一番楽しめました。新たな「SW」ユニバースを一層理解するためにも是非ご一読を。
ヴィレッジブックスの次回配本はコミック『ダース・ベイダー 偽りの忠誠』。その前に9月16日には『フォースの覚醒』のノベライズ版も講談社から出るのでお忘れなく。
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