2015.02/26 [Thu]
周木律『アールダーの方舟』
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★★★★☆
これが、奇跡
聖なる山の調査隊を襲う謎の連続死。これは神の怒りか、奇跡の完全犯罪か。「痛みの山」と呼ばれるトルコのアララト山で、ノアの方舟の遺物を探す調査隊に次々と不可解な死が降りかかる。完璧なる記憶力と瞬時の計算力を持ち、語学堪能にして端正なマスク。「神は妄想でしかない」と断言し、「人間とは何なのか」をストイックに追究する男が、アララト山頂で到達した人類の真実とは――。
ノアの方舟の遺構を探す調査隊が極寒の山頂で、何者かの手によってひとり、またひとりと命を落としていく歴史ミステリ。講談社ノベルスではメフィスト賞受賞作『眼球堂の殺人』から始まる「堂」シリーズを展開する著者ですが、本作は昨年角川より刊行された『災厄』と同じく、旧態的な新本格志向を排したノンシリーズもののミステリです。
『創世記』におけるノアの方舟伝説といえば恐らく誰もが一度は聞いたことのある有名な物語で、その残骸がアララト山の頂にいまなお残っているという説も超常現象に明るい向きには世界七不思議やオーパーツ関連の逸話として比較的知られているかと思います。現に、2000年代前半の超常現象バブル時に発売され、私も集めていた食玩『コレクト倶楽部 帰ってきた七不思議編』ではノアの方舟がラインナップのひとつに数えられていました。
本作ではアララト山頂上にて実際に方舟隊がノアの方舟と思しき遺物を発見し、宗教、建築、考古学、さらには現実の世界情勢を踏まえて創世神話と方舟の正体、そして信仰とは何か、神とは何かに迫っていきます。この講義だけでも大変興味深く読め、悪天候によって下山できなくなった極限状況下におけるスリリングなサバイバルも加わって面白さは抜群です。
それ以上に魅力なのが本筋の殺人事件です。ミスリードやトリックにはこれといった目新しさはないものの、真犯人による偽装工作の裏に隠された本当の意図には痺れました。サスペンスドラマやミステリではお馴染みのこれといって不自然でないありきたりな行動が、その目的が明かされた瞬間に何かとてつもなく異形で、理解の及ぶ余地のない異質な行為へと変容してしまう。文化的な考え方の違いをミステリとしての構造に取り入れ、驚きに結びつける手法は近年では梓崎優などが得意とするところですが、本書もまたそれらに勝るとも劣らないテクニックを見せつけてくれています。この“why”部分だけでも一読する価値は十二分にあるでしょう。
瑕らしい瑕といえばデビュー以前にメフィスト賞座談会でも指摘された、探偵役のキャラクターにバリエーションがなくいつも同じ放浪の天才学者タイプであることくらいのことで、それを除けば文句なしに良い出来です。内容的には本ミス20位圏内に入ってきても全然おかしくありません。
ノンシリーズものでこうも秀作を連発しているのを見るに、周木律というミステリ作家への評価も大いに改めるべき必要がありそうです。
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