2015.02/06 [Fri]
井上真偽『恋と禁忌の述語論理』
![]() | 恋と禁忌の述語論理 (講談社ノベルス) 井上 真偽 講談社 2015-01-08 売り上げランキング : 204955 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
★★★☆☆
硯さん曰く、論理学は「すべての人間の思索活動の頂点に立つもの」だというが――。
本当だろうか。
大学生の詠彦は、天才数理論理学者の叔母、硯さんを訪ねる。アラサー独身美女の彼女に、名探偵が解決したはずの、殺人事件の真相を証明してもらうために。詠彦が次々と持ち込む事件―「手料理は殺意か祝福か?」「『幽霊の証明』で絞殺犯を特定できるか?」「双子の『どちらが』殺したのか?」――と、個性豊かすぎる名探偵たち。すべての人間の思索活動の頂点に立つ、という数理論理学で、硯さんはすべての謎を、証明できるのか!?
第51回メフィスト賞受賞作。
数理論理学のエキスパートにしてアラサーで独身、ちょっとダメダメな天然さんな硯さんが年の近い甥っ子の持ち込む“解決済み”の事件を検証してゆく連作ミステリ。
『ビブリア古書堂』のイラストレーターに某ライトノベル風なタイトル語感、キャラクターを推したライトな読み口の連作短編集ということでいかにも時流に乗った感アリアリな雰囲気に一瞬身構えるも、中身は本格読みの好みにもしっかり耐え得るものでした。
本書で扱われているのは数理論理学。人間の論理はたった4種の論理記号で表すことができ、公理を設定してそれらを論理式として組み上げることにより、その思考過程を純粋な演算のみで証明できてしまうというのだから驚くべきことで、収録されている3本の短編も実際にそれが適応され、実証されています。
通常、ミステリ――特に本格ミステリのジャンルにおいては論理の精緻さは最も重要視される項目のひとつであり、探偵役がいかにロジックを捏ね繰り回して絵解きを行うかが見どころであり読みどころでもあるハズです。そうした最大の関心事をあろうことかすべて記号に置き換え、機械的な計算のみで事件の真相を導き出せるとしたら、それはとてつもない形式破壊だという他ないでしょう。実際、そうしたアンチミステリ的な試みを目指したのだとも思います。
しかしながら本作で用いられる論理式はまず初めに推理ありきで、そこから文章を解体して記号に当て嵌め、式を構築し真偽を問ういわば添削に過ぎず、後追い作業にしかなっていないのです。そのため印象としては普段読み馴れているミステリ群とさほど変わることなく、ただ単にプロセスがひとつ増えただけで“本格ミステリにおけるロジックの楽しみ”という牙城を崩すには到底至っていません。
たとえば青柳碧人『浜村渚の計算ノート 2さつめ ふしぎの国の期末テスト』所収の「わりきれなかった男」なんかでは事件のあらましから計算式を組み立て、それを解くことで自然と真相解明まで行っていましたが、あれこそが本書の本来目指すべき境地でしょう。
加えて、とっつき難い数理論理学を門外漢にも理解できるよう説明しようとする努力も欠けています。確かにリーダビリティはありますし言葉も比較的平易なものを選んで書かれているものの、肝心な論理式をどこをどう解いていけば良いのかがまったくわからない。別途資料による注釈や図表によるまとめが付いているとはいえ、読者の多くにとってはあまり馴染みのない分野であるわけで、それこそ解答だけ示して「はいはい、こうなりますよー」で済ますのではなく、過程のひとつひとつから手取り足取り一緒に解いてあげる気持ちで文章上に書き記すくらいの丁寧さ、親切心は必要だったと思います。
かくいう私も69ページの問題をどう開いていったら良いのかイマイチわからず、なかなか先に進めませんでした(色々と調べていった結果、こちらのブログの記事→御光堂世界~Pulinの日記 様が大いに参考になったのでリンクを張っておきます)。
一度理解できれば93ページあたりの形式証明も自分で解くことができ、複雑な推理があまりにも簡単な変形と代入(?)で証明できることに感動すら覚えますが、小説を読むだけでは一般人の理解が追いつかず外部資料を求めるレベルになると、やはりエンタメとしては問題かなぁと。
ノベルスHPのインタビューを見るに著者はかなりの講談社っ子らしく「JDC」シリーズさながらの名探偵たちが登場したり、『クビキリサイクル』に影響を受けたというだけあって濃ゆいキャラクターたちとのノリの良いやりとりも面白い。個々の謎解きも悪くはありませんが、こと数理論理学とミステリの結びつけに関してはまだまだ改善の余地がありそうです。
スポンサーサイト
Comment
Comment_form