2014.12/03 [Wed]
白井智之『人間の顔は食べづらい』
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冨士山がとくに巧みだったのは、荒波のように寄せられた海外からの批判を、
領土問題により関係が悪化していた近隣諸国との対立にすりかえてしまったところだ。
彼は海外からの批判を「近隣国の嫉妬」と切って捨て、聞く耳を持たなかった。
ネット上の掲示板は「反プラセンは反日」「反対しかしない左翼は出ていけ」といった文句で溢れかえった。
世界的に流行した新型ウイルスは食物連鎖で多様な生物に感染し、爆発的な数の死者をもたらした。ヒトにのみ有効な抗ウイルス薬を開発した人類は、安全な食料の確保のため、人間のクローンを食用に飼育するようになる。食用クローン人間の飼育施設で働く和志は、自宅で自らのクローンを違法に育てていた。ある日、首なしで出荷されたはずのクローン人間の商品ケースから、生首が発見される事件が発生する。和志は事件の容疑者とされるが、それは壮大な悪夢のはじまりに過ぎなかった――。
ウイルス感染の過去を恐れ非肉食主義に走ることで健康バランスが崩れるケースが増加、その対応策と景気向上の最終手段として各地に建設されたプラナリアセンターと呼ばれる施設にて安全な食用ヒトクローンの生産、供給が合法化された世界での殺人事件を描いたSFミステリです。
横溝正史ミステリ大賞最終選考落選作からの拾い上げということで、いやはやよくぞこの作品を出版してくれました。間違いなく今年度の本格ミステリにおけるベスト・オブ・ベスト。最大の問題作にして2014年を代表する傑作です。
本作の素晴らしい箇所はSFとミステリが完全に融合している点に尽きるでしょう。『シックス・デイ』や『クローン』といったSF映画を例に挙げるまでもなく、クローン人間と聞けばまず第一に疑うべきこと、念頭に置いて然るべき可能性があります。それがミステリであるならなおのこと怪しむのは当然で、実際本書ではお約束ともいえるネタが案の定使われています。その半ば予想できる展開を披露しつつもギミックとして利用し倒すことでしっかりと驚かせ、その上でさらにもう一段仕掛けを講じてくる。「クローンといったら〇〇だよね」という定番のネタをいわばスケープゴートにして、より大きなサプライズを演出するための踏み台にしているのです。これはやってくれました。
多重解決の畳み掛けによって目まぐるしいまでに二転三転する全体像、細かい部分まで入念に行き届いた伏線、首切りという本格ミステリ的なガジェットの先にあるSF的テーマを孕んだ真相とその目的。現代日本を揶揄した痛烈な社会風刺を混ぜ込んでいるのもまさしくSF作品に不可欠な要素といえるでしょう。
ミステリプロパーでない作家がミステリを書くとどうにも作法を弁えていない作品が散見されるのと同様、SFミステリと呼ばれるジャンルのものにはある程度SFに通じている人間からするとさほど新鮮味あるトリックだとは思えなかったり、どこか違和感を覚える作品も少なくない中、本作はSFとミステリのハイブリッドという点においてどちらのツボも押さえた逸品に仕上がっていました。
今年度『本ミス』はこれで決まりと言いたいところですが、発売が10月31日の対象期間最終日なのでベスト20に入れば御の字かなぁ。内容自体は紛れもなく年間ベスト級、今年私が読んだミステリでは断トツ1位です。
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