2014.01/12 [Sun]
市川哲也『名探偵の証明』
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★★★☆☆
そのめざましい活躍から、1980年代には「新本格ブーム」までを招来した名探偵・屋敷啓次郎。行く先々で事件に遭遇するものの、ほぼ10割の解決率を誇っていた。しかし時は過ぎて現代、かつてのヒーローは老い、ひっそりと暮らす屋敷のもとを元相棒が訪ねてくる――。資産家一家に届いた脅迫状の謎をめぐり、アイドル探偵として今をときめく蜜柑花子と対決しようとの誘いだった。
第23回鮎川哲也賞受賞作。
吹雪の山荘の密室殺人から続く複数の事件を経て、かつて栄華を極めた名探偵の没落と復活、名探偵が名探偵であることの意義と宿命に向き合ったミステリ。
のっけから事件解決のクライマックスシーンで劇的に幕を開ける本作は、名探偵・屋敷啓次郎の全盛期における活躍とそれを取り巻く人間模様という基本的な背景設定を早々に消化して、かつて恋愛関係の末に結婚した美人助手とは別居中、依頼人は長らくやってこず、内職でもしなければ事務所の家賃さえ支払えない“かつての名探偵”の落ちぶれた現在を描くところからスタートします。
刑事である相棒とのハードボイルドなやりとり、その他の警察関係者との軋轢、事件を通して増えていく理解者等々、それだけでもシリーズ作品をいくつも発表できてしまいそうな「物語」をすべて過去の栄光として閉じ込めてしまう潔さには勿体なく感じると同時に、そこから何を読ませてくれるのだろう、と読者の期待感をこれでもかと高めてきます。
屋敷の活躍が新本格の台頭に大きく寄与していたり、名探偵が歩く度に吸い寄せられるように事件が発生してしまうなど、人間ドラマに焦点を当てた作品でありながら、ジャンルそのものをパロディ化した上で設定としてメタ的にストーリーに組み込むアプローチは非常に斬新で、小説それ自体がまるで新本格の台頭から衰退までの流れをそのまま体現しているかのような構造になっているのも面白い。まさに、ミステリ読みのミステリ読みによるミステリ読みのためのミステリ小説といえるでしょう。
と、同時に、そうした要素の数々がしっかりと作品へ昇華し切れていないのもまた事実です。現代ミステリ史を物語の中に落とし込むのであれば、現役で活躍するアイドル探偵・蜜柑とかつての屋敷啓次郎との間でスタンスや探偵像の違い、捜査手段、解決方法にも“世代”による差異を設けて然るべきだし、ふたりが直面する事件の内容も、新本格的なそれからゼロ年代的なものへと変節していってこそ意味を成します。しかし本作ではそこまで踏み込んではこないために設定があくまでも設定の域を出ず、アイディア負けしてしまっているように思えます。
また、選評でも辻真先が触れているとおり、平成の時代に世に出すにはあまりにもトリックがしょぼしょぼであること、メインとなる事件が終わっているのか終わっていないのかイマイチわかり難い構成の中途半端さ含め、話としては面白いけれど本格ミステリとしてはもう少し頑張って頂きたいところです。
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