2013.07/26 [Fri]
高林さわ『バイリンガル』
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★★★★★
そんなわけで、帰国当初の一年半はともかく、
この十七年間、息子もわたしもおおむね順調に過ごしてきた。
まさか、これだけの年月のあとで、ニーナ・ティーツが現れるなんて、夢にも思っていなかった。
アメリカの大学都市で30年前に起きた母娘誘拐事件―。複数の死亡者を出した凄惨な事件で生き残ったのは、当時3歳の少女・ニーナ。事件のあった町を避けるように日本に帰ってきた永島聡子は、ある日、一人息子の武頼が連れ帰ってきたニーナを名乗る女性に、事件の記憶をためらいながらも語りはじめる。解決したはずの事件の真相は、30年の時を経て衝撃の様相を呈し――。
第5回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞作。
30年前にアメリカで起きた誘拐事件の顛末を、事件の唯一の生き残りであるかつての少女が記憶を探る形で、現代の日本から再び掘り起こす本格ミステリ。
時を越えてアメリカと日本、ふたつの場所での二元進行、最新科学を用いた本格ミステリへのアプローチ等、いかにも島荘が好みそうな内容で、年齢にして70歳手前のベテラン新人といった点も含め、いかにも福ミスらしい選出でした。
『バイリンガル』のタイトルどおり、本作最大の読みどころは過去の事件における証言が体系化された言語学に基づいて一旦解体され、そこから“暗号”を解読し新たに構築し直すことで、事件を巡る構図、関係者の行動が以前とはまったく異なる様相を呈す逆転性に尽きます。真っ白だったオセロの盤面が一瞬にして黒一色に裏返ってしまったかのような塗り替えの見事さは、圧巻のひと言。目の前に見えていた景色を180度変えてしまうという手法は叙述トリックの得意な領分ですが、それを暗号ミステリでやってしまうとは恐れ入ります。ひとつの台詞にふたつの意味を持たせた上で、さらに小説として成立させているのです。
問題があるとするならば、ここで行われている謎解きがあまりにもハイレベルな領域にあり、読者側の思考をも置いていってしまう恐れがあることでしょう。また、ネタがネタだけに多くの日本人にはいまいちピンとこない内容でもあり、それこそバイリンガルの人間でなければこの醍醐味を味わい切れないのでは、との懸念もあります。見ようによっては、本書が日本語で書かれていることがややズルく映ってしまうかもしれません。
つまり、ここで展開されている謎解き自体が日本人に向けて日本語で書かれた小説としてはあまり向いてはいないんですね。この小説が最も本領を発揮するのは、普段英語で読み書き日常会話をする人が、英文で書かれたものを読んだときでしょう。
そうした意味では、受け手によっては本作が本来持っているポテンシャル以下の評価を下される可能性も大いにあり得、そのあたりが年末のランキングでどう響いてくるかが読めないので、若干怖いですね。
個人的には現段階で2014年度『本ミス』の大本命、ここまで読んできた対象作では断トツで一番です。2013年を代表する傑作であることは間違いないかと思います。
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