2009.09/22 [Tue]
柳広司『ジョーカー・ゲーム』
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★★★☆☆
天皇が生きた神だと?
そんなことを日本人が本気で口にするようになったのは、たかだかこの十年くらいなものだ。
結城中佐の発案で陸軍内に設立されたスパイ養成学校“D機関”。「スパイとは“見えない存在”であること」「殺人及び自死は最悪の選択肢」。これが、結城が訓練生に叩き込んだ戒律だった。軍隊組織の信条を真っ向から否定する“D機関”の存在は、当然、猛反発を招いた。だが、頭脳明晰、実行力でも群を抜く「魔王」――結城中佐は、魔術師の如き手さばきで諜報戦の成果を挙げ、陸軍内の敵をも出し抜いてゆく。
『ジョーカー・ゲーム』第一作。
『トーキョー・プリズン』に続いて、本作も戦争という激動の時代が舞台のミステリー。
体裁は全5編の物語で構成された連作短編集。話によって活躍する人物も舞台となる地も異なり、共通しているのはスパイ養成学校・D機関が排出したスパイたちが登場すること。狂言回しとして結城中佐という異端を配し、それぞれのエピソードで別の人間にスポットを当ててひとつの組織の姿を描くという形式は西尾維新の『真庭語』を彷彿とさせます。あちらが物語ごとにテイスト(ジャンル)を変えているのに対して、本書は一貫してミステリ、或いはコン・ゲームですが。
ひとつひとつの物語が短い上、その中にこれでもかというくらいにミステリ要素を詰め込んでいるため、出てくる単語、出てくる文章、すべてが伏線といっても過言ではなく、いささかキレイにまとまり過ぎている(ここ、傍点付きで)感が否めないです。本来ならそれは誉めるべきところなのですが、今回の場合、整然としすぎて逆に気持ち悪い、みたいな。そんな印象を受けました。
そんな整然とした物語ですが、どうにも最後の「XX」には納得できませんでした。そんなことで“XX”と記すかなぁと。必然性が薄い上に、何よりスパイとして迂闊過ぎる行為なんですよ。それが理由だと。まあ柳さんはミステリのトリックに関してはあまり上手くはない印象(失礼)があるし、個人的にはそういうところの出来よりも設定やストーリーの面白さに期待している作家さんなので、そこらへんは全然許容できるんですけどね。
はじめにも書きましたが、今回の舞台も戦時下です。いや、そういう読み方をしているのはこっちの問題なんですけど。それでも思うに、柳さんの作品はとっつきやすいエンターテイメントの皮を被せてはいますが、なかなかに強い主義主張を孕ませていますよね。著者自身の意見をキャラクターに述べさせるアレ。内田康夫の『棄霊島』なんかは浅見光彦の考え=著者の意見というのが丸わかり過ぎて少し辟易しましたが、柳さんの作品ではそこらへんがしつこくなく、意見は述べてもすんなりエンターテイメントしているのがすごいところ。
たとえば今作では結城中佐がその役割を担っています。最初の章「ダブル・ジョーカー」や引用文なんかは最たるもので、天皇制への妄信や傾倒をまかり通らせていた(ここも傍点チェック)かつての社会情勢へのわりと痛烈な批判です。当時の軍隊の在り方を真っ向から否定した教義を持った結城中佐のスパイ論にしても、戦時下の人命軽視に対する柳さんの意見でしょう。
柳さんがこうした時代を舞台にした作品を書くのは、単に現在とは異なる空気や環境を利用することで非日常的な設定を物語として生かすだけではなく、その時代が舞台でなくては論じられない物事があるからだと、そう思います。
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