2012.10/13 [Sat]
幡大介『猫間地獄のわらべ歌』
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★★★☆☆
密室……などという言葉は、この時代には、なかったのではないかと推察いたしまするが
時は天保。海の向こうのエゲレスでは、『モルグ街の殺人』とやらが書かれる五十年も前。花のお江戸の猫間藩下屋敷は、上へ下への大騒ぎ。お書物蔵で藩士が腹切って死んだという。不祥事発覚→失脚をおそれた藩主の愛妾和泉ノ方は、外部犯による他殺をでっち上げよ、と命じる始末。留め金の掛かった蔵は、誰も入れぬ“密室”であった。一方、利権を握る銀山奉行の横暴に手を焼く国許では、次々起こる惨殺事件を暗示するかのように、ぶきみなわらべ歌が流行っていた。……頼りなげな目付役所の若侍、静馬との“推理”は、お先真っ暗のこの藩を救うのか?
講談社文庫より書き下ろしで刊行されたメタ時代ミステリ。時代小説の体裁を取りつつも、作中では時代設定を無視したミステリのお約束談義とメタ発言の連発、爆笑必至のコメディちっくな会話の数々がなんともシュールと言いますか。よくぞここまでぶっ飛んだノリで書けたな、と思ってしまいます。
これで著者さん、れっきとした時代小説畑の人間なんですよね。そんなものがあるのかどうかは不明ですが、本格時代小説原理主義者から見たらまず間違いなく壁本の、相当にチャレンジャーな作風です。
本作で描かれている謎は主に3つ。江戸の町で起きた自害騒動を密室殺人に捏造する「下屋敷の骸」と「猫間地獄のわらべ歌」事件、そして屋形船ものの「月照館の殺人」です。各エピソードはそれぞれに独立性が高く、ネタ・量共に短編レベルなことも手伝って、がっつり読んだ感はあまりありません。その割には、全体の構成はしっかりと長編小説になっているところが変則的。
解決編までの間に充分な伏線を仕込みたい都合上仕方ないとはいえ、密室殺人の解答もわざわざ引っ張るほどの内容かといえば、そこまででもないです。一般に捏造推理モノと聞くと多重解決的な面白味を期待するわけですが、本書では極めて正攻法な攻略法が採られているため、敢えて“でっち上げ”を掲げるミステリ的必然性もさほど感じられません。
しかしながら、それらはあくまでもミステリ的な視点に限った話で、一連の流れがごくごく自然に時代小説的なクライマックスの演出に繋がっていきます。このあたりが時代小説とミステリのハイブリッドとしての面目躍如。「ありのまま今起こったことを話すぜ! ミステリ小説を読んでいたと思ったら、いつの間にか時代小説を読まされていた……」というのが、ズバリこの作品の肝でしょう。そして、それについての伏線もちゃんと事前に張ってあるという。
『名被害者・一条(仮名)の事件簿』といい、本作といい、今年はボーダレスな悪ノリミステリが多いなぁ。好きだけど。
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