2012.08/11 [Sat]
松本寛大『玻璃の家』
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この子、障害があるんです。人の顔がわからないんです。
アメリカ・マサチューセッツ州の小都市。そこにはかつてガラス製造業で財を成した富豪が、謎の死を遂げた廃屋敷があった。11歳の少年コーディは、その屋敷を探索中に死体を焼く不審人物を目撃する。だが、少年は交通事故にあって以来、人の顔を認識できないという「相貌失認」の症状を抱えていた。視覚自体に問題はなく対象の顔かたちが見えてはいるものの、その識別ができないのだ。犯人は誰なのか? 州警察から依頼を受けた日本人留学生・若き心理学者トーマは、記憶の変容や不完全な認識の奥から真相を探り出すために調査を開始する。
「トーマ・セラ」シリーズ 第1作。
島田荘司創設の新人賞、ばらのまち福山ミステリー文学新人賞の第1回受賞作品。福ミスは今年でまだ5回目の比較的新しい新人賞にも関わらず、既に水生大海や深木章子など注目度の高い新人を輩出しており、いま最もノリにノっているミステリ系文学賞です。
そんな福ミスの記念すべき第1回受賞作は、アメリカのマサチューセッツ州を舞台に相貌失認症の目撃者という一風変わった題材を扱ったミステリ。犯人をはっきり見ているのに、それが誰なのか判別できない。はっきり言って、このあらすじで惹かれなきゃ嘘でしょう。この設定を思いついた時点で殆ど成功したようなもので、それぐらいにわくわく感が半端ないです。
しかし、いざ読んでみるとミステリとして楽しく読めた一方で、良い部分と悪い部分が半々といった印象も拭えません。原因のひとつは、やはり登場人物の多さです。本作はコーディが目撃した現在の事件の他、過去二度に渡ってリリブリッジ家で起きた死亡事件の謎解きまでも本筋に絡んでくるため、事件関係者がとにかく多い。しかも、そのそれぞれにあまり長い出演時間を与えられていないため、キャラクター名からどんな人物だったのかを関連付けさせる作業がとにかく難しいのです。おまけに全員が全員、日本人には不慣れなカタカナ名ときたものだから、この人って誰だっけ?と立ち止まって考えることもしばしばでした。
さらには宜しくないことに、事件の根幹部分――つまり、読者が解くべき課題の真相がこの構造的な複雑さを基にしているところも厄介です。かといってそこを改善しようにも、これが処女作なこともあってか伏線の仕込みが割合わかりやすくもあり、これ以上詳しく書き連ねるといっきにバレてしまう恐れがあるから難しい。
逆に度肝を抜かれたのは双子の使い方です。ミステリ小説で双子を出す行為は、いわゆる首斬りの論理と同じくイコールでそこに何らかの作為が働いていることが前提となるわけで。読者の側も当然、双子トリックを疑って読むわけですが、本作では双子トリックの究極形とでもいえそうな、開き直ったような超絶的仕掛けが為されています。出版に向けての改稿作業中に追加されたらしい終盤のサプライズも、掲げたテーマを上手に物語に組み込んだ魅せ方でインパクト満点。
物凄く出来が良いという作品ではありませんが、本格ミステリの面白さはこれでもかというほどに詰まっている1冊です。
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